これは夢だ そう思っても再び目を開けるとそこには絶望が映るだけ。 頬をつねっても目を閉じても何も変わらない。 それは、この悪夢が夢ではなく現実だということを証明した。 「嘘だろ……」 不動は思わず呟いた。 「はぁ……」 目の前の紙を手に取った。 国語15 数学28 理科17 社会23 英語12 こんな成績票の下には不動明王の名が記入されている。 この字は勿論彼の書いた字だし、答案用紙も彼のものだ。 こんな成績とったことがない。元々学校の勉強は出来る方ではなかったが、これはあんまりだ。悲惨な点数を目の前に落ち込んでいると、後ろから肩を叩かれた。 「不動、気にするな。俺も仲間だ」 「お前と仲間でも嬉しくねーよ、源田」 「にしても全教科赤点なんて奇跡だな。俺の三教科という記録を抜いたぞ」 「うわ……屈辱」 不動は再び頭を抱えた。 テストを返すときの、教師の苦い顔が蘇る。 そうか、これは源田の不名誉な記録を抜いてしまったという意味だったのか、と今更ながらに理解した。 すると佐久間が遠慮がちに訊ねる。 「もしかして不動って…………勉強出来ないのか?」 佐久間の可憐な唇から紡がれた言葉は余りにも残酷で、不動は上空から金属盥が頭に落ちてきたような衝撃を受けた。 好きな相手に思いきり"馬鹿"のレッテルを貼られてしまえば、不動のプライドはズタズタだ。 「佐久間、そんなストレートに言うな。せめて勉強が苦手とかオブラートに包んでだな」 「そうだな、ありがとう源田。不動は勉強が苦手なんだな」 あまりのショックで固まっている不動が流石に不憫に思えて、なんとかフォローしたつもりの源田だったが、フォローどころか更に不動の傷を抉っただけであった。 「追試終わるまでは部活禁止だからな……全教科ってなると追試一回で抜けなかったら大変な事になるぞ」 佐久間は不動の成績表を見ながら困ったように呟いた。 「んな事分かってる。けど勉強意味わかんねぇんだよ。やってたところよりはるか先だし」 「帝国は授業進むの速いから」 「速いって速すぎるだろ!俺ら連立方程式とかやってたんだぞ。それなのにメネラウスの定理ってなんだ!!何語だ」 「メネラウスの定理っていうのは任意の直線iと三角形AB――」 「あーあー、やめろ、勉強の話は懲り懲りだ」 説明を始めた佐久間を必死に止める不動。教師が授業中に話していた記憶はある。だがそんな記憶くらいでは帝国学園のテストなど解けないのであった。 「あ、そういうお前はテストできたのか?」 「俺?俺は理数苦手で今回もちょっと――」 「へー、お前のも見せろよ」 不動は佐久間がやめろと言う前にひょいと彼の成績表を取り上げてしまった。 帝国学園に転入してから、佐久間が真面目に授業を受けていることは分かっていた。だが何処か抜けていておっちょこちょいだったり、すぐにバレるような嘘を本気で信じては怒ったりする佐久間を見てきた為、やっぱりこいつは馬鹿なんじゃないかと自分の馬鹿さを棚にあげて不動はそう思っていたのだ。理数が出来なかったらしいからからかってやろうと成績表の数字を見た瞬間、不動のズタズタにされたプライドは風が吹いてピュウとどこかへ飛んでいってしまった。 国語95 数学84 理科80 社会100 英語98 不動の成績表とは比べ物にならないような点数が並んだ佐久間の成績表には、成績優良者の文字と学年一位を示す数値が書いてあった。 「……なんだこれ」 「か、返せよ馬鹿!」 馬鹿という単語が再び不動を襲う。自分は馬鹿にしていた相手に完全に負けたのだ。馬鹿は自分じゃないか、学年ビリが学年一位を馬鹿扱いしたなんて良い度胸である。 想像を遥かに越えた佐久間の成績にもう何も言うことは出来なかった。 「佐久間はすごいな、また一位か」 「源田は寝てるもんな。ちゃんと起きてやってれば点数取れるから」 「睡魔には勝てない!」 「アハハ。源田は睡眠学習ってイメージだから」 「そういや前は鬼道と張り合ってたよな」 鬼道の名前が出たら途端、生気を失っていた不動は反応してしまった。 そこで思わず源田が笑ってしまったのは奇跡的にも二人は知らない。 「アイツも頭良いのか!」 「良いも何も佐久間と鬼道は常に学年トップクラスの成績だぞ」 「いつも鬼道の方が上だったけどな」 「お前が勝ったときもあっただろ」 「そうだっけ?」 鬼道と佐久間、どっちが成績良かったなんて話を始めた二人の会話に着いてはいけない。 鬼道にまで負けた。ざまあみろと言わんばかりに嘲笑する鬼道の顔が簡単に想像できてしまう。 源田と楽しそうに話している佐久間と彼の成績表を交互に見る。 少し前まで文化祭の準備が立て込んでいた。部活だってキャプテンとしてはまだまだ未熟で、不馴れな様子が目立ちながらもなんとかみんなをまとめようと一生懸命だった。 そんな彼はいつ勉強しているのだろう。 「取り敢えずお前と不動はさっさと追試クリアしろよ?」 「俺は毎度の事だから大丈夫だが、不動は初めてだし全教科だからな」 いつの間にか自分の話になっていたので慌てて二人の話題に耳を傾ける。 「そうだよな−、不動には早く部活に戻って来て欲しいし」 「あ、なら佐久間。お前不動に勉強教えてやれよ」 「俺!?」 「おい、源田勝手に決めんなよ」 流石にそれは佐久間に悪い。 「でも一人で全教科なんて勉強できるのか?追試は一週間後だぞ」 「それは……」 不動はまだ帝国のテストに慣れていない。毎回追試の常連である源田は出題傾向が分かっているが不動はそうはいかないのだ。 「不動、俺は教えるのは苦手だけど不動が良いなら力になるよ」 「良いのか?」 「ああ、部員の管理もキャプテンの仕事だから」 本当はいつも世話になっているから、こういう時こそお返しをしたかったのだがその本音は言えなかった。 こうして不動は、放課後二日に一度のペースで佐久間に勉強を教えてもらうことになり、決まったその日の放課後から勉強会は行われたのだった。 ← |