学園から直々に依頼されるサッカー部の部活紹介には、毎年多くのサッカー少年がやって来る。グラウンドには小学生とその保護者が沢山集まっていた。
原則として小学生以上の子供達が対象である
。小学生といっても高学年であれば落ち着きがあり、礼儀正しい子どもが多いが、低学年はまだまだ幼い。他校から恐れられている帝国レギュラー達にだって容赦はなかった。

「やい、デコパチ!」

「あはは、君僕よりちっちゃいね」

「巨人がいるー!」

初っぱなから強烈な言葉を浴びせられ、次々に意気消沈していくメンバー達。
それを見てゲラゲラと笑っていた不動の横にも小学二年生くらいの子どもがやったきた。

「うわーハゲだー変な頭」

子どもは残酷な生き物である。あまりにも突然の悪口に、元々子供が苦手であった不動の堪忍袋の緒は簡単に切れた。

「……て、てめぇこのガキがあぁぁぁぁ!!」

不動の異変に気が付いた寺門と佐久間は必死に不動を止める。

「離せ!!このガキしばくぞごらぁ!!」

「やめろ不動、大人げないって」

「そうだ、ここで問題なんか起こしたら部停だぞ」

"部停"
寺門の放ったその言葉に流石に理性を取り戻し落ち着いた。
そんな不動を見て寺門は呆れながらも注意をする。

「全く、文化祭で問題なんか起こしたら大変な事になるんだからな、分かってるのか不―――」

「おじさん顔こわーい」

寺門が固まった。今度は不動と佐久間が焦る番である。
怒り狂う寺門を必死に止めるしかなかった。

「いい加減にしろ!!寺門も不動も子ども相手にムキになってどうするんだ。子どもに罪はないだろう」

流石キャプテンである。佐久間はそう言うと、指笛を吹いて子どもにペンギンを見せてあげた。
わーっと歓声が上がる。佐久間は嬉しそうにしている。

「どうだ、ペンギンさん可愛いだろ」

「うん、可愛い」

「お姉ちゃんすごーい」

「お姉ちゃんもっと出してー」

ピクッと佐久間が反応した。不動と寺門は顔を見合わせる。

「これって不味いよな」

「ああ、不味い」

「皇帝ペンギン!1ご―――!」

「「佐久間やめろぉぉぉぉ!!!!」」

このあと帝国のお姫様が機嫌を悪くしたのは言うまでもない。


「なんだよお姉ちゃんって……ふざけんな!俺は男だからな!ああ〜ムカつく!」

「子供に罪はないって言ったのどこの誰だよ」

「うっ……それは」

佐久間は押し黙ったが、やっぱり女に見えるのかなぁと溜め息を吐いた。

「まぁいいんじゃねぇの?お前らしくて」

「どういうことだ?」

「いや、その女っぽい顔とか……」

「おい、不動まで俺を怒らせるつもりか」

どうやら不動の知らない間に地雷を踏んだらしい。不動からすればそんな髪型をしておいて、女なんて言われたくないという佐久間の方が横暴じゃないかと思う。しかしそんな事を言っている場合ではない。お姫様のお怒りだ。

「覚悟しろ不動ぉぉぉぉ!!」

「ば、馬鹿やめろ!いいじゃねぇか可愛いんだからよ!!」

「えっ……?」

「……あ」

パニックになり思わず本音が口をついて出てしまった。固まる不動に顔を赤らめてしまった佐久間。

(……何言ってんだよ俺)

(今……不動、か、可愛いって言ったよな……嘘だよな?冗談で言ったんだよな?)

冗談だと思っても意識してしまう自分がいることに佐久間は気が付いていた。しかしそこで不動に聞き返せない。意気地無しな自分が嫌になる。
二人でしどろもどろになっていると辺見が乱入してきた。

「はいはいお二人さん、今はサッカー部の部活紹介の時間ですよー、イチャイチャタイムではないですよー」

「んなことしてねぇよ、働けばいいんだろ働けば」

空気を読んだような読まなかったような辺見に恨み半分感謝半分の二人であった。仕方なく再び小学生のもとへ行こうとしたとき、佐久間のところに小さな子供がぶつかってきた。

「あ、君大丈夫……?」

突然何かと思えば驚いた。小学生以上を対象にしているこの場にまだ幼稚園児くらいの子どもがいたからだ。

「おい、お前まだ小学生じゃねぇだろ。ここは危ねえからさっさと戻りな」

先程とは違い冷静に対処する不動。ここはボールが飛んできたりするので小さな子には危険だ。手を引いて出口まで連れていこうとするとその子はじたばたと暴れ始めた。

「はーなーせー!!」

「おい、大人しくしろって」

「おれはきどーさんにあいにきたんだ!!」

幼稚園児とは思えない腕の力だった。無理矢理不動の手を振り払ってそう叫ぶ。

不動も佐久間も、なんて言えば良いのか分からない。たまにいるのだ。鬼道が帝国に帰ってきたと思っている人間が。

「きどーさんはどこだよー、きどーさんきどーさん!!」

「鬼道はいないよ」

駄々をこねる子どもに佐久間は諭すように言った。

「えっ?」

「鬼道は雷門中にいるよ。だからここにはいない」

「そんな……」

その子は鬼道のファンだったのだろう。一応文化祭には来ているから今いるといえばいるのだが、却って混乱させてしまうと思い黙っておいた。

「まぁ、ほら鬼道クンはいねぇけど天才ゲームメーカーの不動明王様ならいるから安心しろ」

「ゲームメーカーはきどーさんだろ」

不動は落ち込む彼を慰めてやろうと冗談混じりにフォローしたのだがキッと睨まれてしまった。どうも不動は子どもに好かれないようだ。

「俺の扱い……」

今度は不動が肩を落とすと、後ろの方から大人の声がした。

「麗一!」

「あ、みつかっちゃった」

その子の……麗一という子の両親らしき夫婦が現れた。

「すみません、うちの息子がご迷惑をおかけしました」

「いえいえ」

「ほら、麗一、お兄さんとお姉さんにお礼言いなさい」

本日二度目である。

「佐久間……耐えろ」

不動にそう耳打ちされ、佐久間はやり場のない怒りを必死に堪えていた。

「ねーねーきどーさんいなかった!」

「はいはい、分かったから帰るぞ」


父親に抱っこされて暴れながら麗一はそう言った。

「本当にすみませんでした。では」

「麗一!!」

帰ろうとする麗一親子に不動は彼の名前を呼んだ。
振り向く両親と麗一に更に言葉を続けた。

「鬼道クンはいねぇけど、帝国学園サッカー部はいいところだぜ!!」

不貞腐れてしまった麗一にその言葉が届いたのかは分からない。けれど、麗一の両親は嬉しそうに微笑んだ。
子どもにサッカーをやらせるなら帝国学園はやめた方がいい。柄は悪いし上級生からのいじめも多いから。麗一を、所謂お受験幼稚園に通わせていた両親はその噂をずっと聞いていた。初等部付きかつ進学校で、サッカーが盛んな学校と言えば帝国なのだが、その噂が悩みの種でもあった。
でも……

「ねぇあなた、帝国学園のサッカー部にもいい子がいるのね」

「そうだな、今日来て良かったよ」

不動の言葉は沢山の時間をかけてしっかりと伝わっていくのだった。

この時、不動も佐久間もまだ知らない。今日ここにやって来た幼稚園児の麗一が、10年後に帝国学園のゴールを守る守護神、雅野麗一になることを。



「不動、ありがとう」

「は?なにが」

「帝国を好きになってくれて」

不動の口からあんな言葉が出るなんて意外であった。それでも、不動がここを居場所とし、自分たちを仲間と思ってくれる事が佐久間は何よりも嬉しかったのである。





やがてサッカー部の仕事も終わり、佐久間、源田、辺見、成神はライブの準備に取り掛かった。

不動は寺門たちと一番いい場所を確保して時間がくるのを待った。

「まだ時間にならないのかよ」

「そう焦るな。落ち着いて待て」

「仕方ないよ寺門先輩。不動先輩はこのライブ楽しみで仕方ないんだもん」

「洞面、ちょっと黙れ」

「お前たちって付き合ってるのか?」

「は!?んなことねぇし」

「不動先輩の片想い?」

「はいはい、そうですね」

「一応サッカー部は恋愛禁止にしたいと思っているのだが…」

「あ、それはやめろ」

「付き合う気満々だね」


そんな話を三人でしていると辺りが暗くなり、スポットライトが当てられたステージには四人が立っていた。

女子は絶叫している。

「きゃぁぁぁぁぁぁ!!!源田君カッコいい!!!!」


「アイツ、すげー人気だよな…」

「何せサッカー部で人気No.1だからな」

「佐久間先輩は男になら絶大な人気だけどね」


そんな事を言われている当本人は完全に固まっていた。

(大丈夫かアイツ…)


心配するも緊張しているのが人目で分かる。
元々相当な人見知りの彼がこんなステージで歌う自体至難の技だ。

アイコンタクトがとれないために曲が始まらない。
源田たちも心配し始めた。

(…ったく見てられねぇな)


「佐久間!!」

不動はステージの前まで歩き、彼の名前を読んだ。

「ふ…不動?」

周りの人間も驚いたようで静かになった。

「何ビビってんだ!今日まで練習してきたなら後悔しねぇようにやればいいんだよ!」

不動は佐久間たちが部活の後に防音設備のある成神家で毎日のように練習していたのを知っている。
だからこそ言えたことだった。


「ありがと…」


佐久間は不動にだけ聞こえるような小さい声で呟き、源田たちとアイコンタクトをした。


そして演奏が始まった。


皆が盛り上がっている中、不動はぽかんとしていた。


(アイツ、すげー上手いじゃん…)


ステージの上で歌っている彼はサッカーをしている時のように輝いていて、綺麗だった。
不動は思わず溜め息を吐いてしまった。


(また好きになったじゃねぇか…)





「不動!」

「不動先輩!!」

寺門と洞面に名前を呼ばれ、意識が戻る。

「ライブをボーッとして聞くなよ」

寺門が半ば呆れたようにそう言った。

「でも思わず聞き入っちゃいますよね」

「まぁな。あそこまで上手いとは思わなかった」

色々感想を話しつつ、会場を後にしようとしたが、不動は

「…お前ら先に戻っててくれ」

それだけ言っていなくなってしまった。









ライブが終わった。特にミスもなく練習の成果が出たと思う。

ただ、成功できたのは…


(不動のお陰だよな)


あのとき、まさかこんなに人が来るとは思っていなくて佐久間は動揺していた。

ギターを持つ手は震えているしアイコンタクトなんてする余裕もなく、立ち竦んでいるしかなかった。

しかしそこで不動に助けられた。

(なんかまた好きになっちゃったな…)

無事に歌えたことが嬉しいのは勿論だが、それよりも嬉しかったのは彼の励ましだった。
いつも意地悪な事ばかりしてくる彼もサッカー部の事といい今といい、今日はとても格好良かったと感じる。

「佐久間」

準備室で片付けをしていると名前を呼ばれ、振り返った。
すると目の前にいたのは――

「不動……」

「お疲れ。まぁまぁ上手かったぜ」

これが不動の最高の褒め言葉なのかもしれない。
佐久間はそう思って有り難く受けとる事にした。

「ありがとな。始まる前の事も感謝してる」

「別に感謝される程の事でもねぇから」

「それでも俺はお前のお陰で無事にできた」

「良かったな」

素っ気なくしか返せない自分が嫌だったが、仕方ない。
そんな不動を見て何を思ったのか、佐久間はクスッと笑った。

「何がおかしいんだよ」

「いや、ただお前があんなことするなんてって今更思った。だってさ、本番に舞台の真下から叫ぶなんてさ……」

佐久間は緊張もほどけ、いざ思い出してみるとおかしい光景にクスクスと笑いだした。

「笑うなよ……」

「でも何であんなことしてくれたんだ?」

「それは」


好きだから


理由を言えば立派な告白である。

(?でやんす俺、このタイミングでコクるつもりか?けどこんなシチュエーション滅多にあるもんじゃねぇし……)


佐久間は佐久間で期待をしていた。
これでもし彼に気持ちがあるのなら――


「だからそれは……」

「それは?」

「お前が……俺はお前が――――」


「佐久間!お疲れ〜!」


悲しいくらいグッドタイミングであった。
現在不動と佐久間にお邪魔虫の烙印を押された源田たちは何も知らない。

「この後打ち上げだからな。二人も行くだろ?」

「……ああ」

呆気にとられているうちに源田に促され、二人は準備室を出た。


結局二人の想いは通じず仕舞いであったが、距離がぐんと縮まったのは確実であった。
不動も帝国学園での学校生活を思いきり楽しみ、本日の文化祭も打ち上げも盛り上がった。



彼はまだ知らない

この時に、あの恐怖が迫っていたなんて




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