これが帝国文化祭



待ちに待った文化祭当日、準備の為に朝早くから来ていた不動は校門の前で立ち尽くしていた。

(なんだよこれ………)

通学路を歩いているときからおかしい気がした。
どこかの業者のものなのか、すさまじい数のトラックが止まっていて、作業中なのかざわざわと騒がしい。
更におかしいのは如何にもガードマンのような人間があちこちに立っていることだ。

何故文化祭をやるのにこんなにトラックが置いてあるのか、何故厳つい男たちが立っているのか、そんな疑問を浮かべていると肩を叩かれ、振り向けば佐久間がいた。

「不動おはよー。何こんなとこで突っ立ってんだよ」

「このトラックとあいつらはなんだ」

「えっ?だって今日は文化祭だろ?」

「だから何で文化祭にトラックとゴツい男がいるんだよ」

「だって物を仕入れたりするし……学校を開放する日だぞ?不審者が入ってきたら危ないじゃないか」

「だからってこんなにいらない―――」

不動は目の前を横切った物に目を奪われ言葉を失った。

「あれって……」

キラキラと光るそれは宝石の類いのようであった。

「あ、今年も恵那先輩のクラスは宝石できたか……」

「今年もっておかしいだろ!文化祭で宝石売るな!」

すると今度は絵画や壺が前を通り、周囲をガードマンがしっかりチェックしていた。

「……佐久間、今日はオークションでもやるのか?」

「何言ってんだよ、今日は文化祭だろ?」

今更どうしたんだよ、とこの光景をなんとも思っていないような顔で言われるとこちらだって何も言えなくなってしまう。
普通の文化祭と言われて普通なんだと思った自分が馬鹿だったと反省して佐久間と一緒に校舎へと向かった。




今日は頑張りましょう、と簡単にミーティングを済ませ、皆準備に取りかかる。

「おい源田。メニューの値段、一桁多くね?」

「何言ってるんだ、これでかなり割り引いたんだぞ」

なんでも、クラスメイトの中に有名な製菓会社の知り合いがいるらしく、スイーツはそこから仕入れるようだ。
勿論庶民的な会社の訳がない。

ここもおかしいと思いつつ作業を進めていると佐久間の声が聞こえた。


「やっぱり嫌だ!下短いしこんな格好有り得ない!無理無理!」

「今更遅い。うん、サイズもピッタリだ。おーい、姫様の御披露目タイムだぞ」

「いたたっ……引っ張るな馬鹿辺見」


ガラガラとドアが開き、二人が出てきた。
皆、佐久間に釘付けで何も言えない。

全体的に正統派メイドのようで、下はミニスカートに黒のニーハイ、上は白いエプロンを付いていて胸には大きめのリボン。
パッと見普通のメイド服だが細かいところが凝ってあり、それは辺見の腕を証明させた。


「やっぱり短い……」

佐久間はやけに短いスカートの裾を必死に引っ張っていた。

「短くないと絶対領域見えないだろ。ほらここがこのくらい見えてるってのが良いんだよ」

恥ずかしい事をさらりと言う辺見は、素直になれない不動からしてみれば、ある意味尊敬できたが、絶対にああはなりたくないと心底思った。
ただ、可愛すぎて他の奴に見せるのが勿体ないな、なんて思ってしまう。
そんな事を思いながら佐久間を見ていると源田からティッシュを渡された。

「不動、お前鼻血出てるぞ……」

「うぉっ、やべぇ」

慌ててティッシュで鼻を押さえると、恥ずかしさで頬を染めた佐久間と目が合い、慌てて視線をしたにずらすと今度はスカートとニーハイの間の太股がちらりと見え、ティッシュが真っ赤に染まった。

「大丈夫か不動!」

「輸血は必要か?」

「医者だ!医者を呼べぇぇ!!」

文化祭直前というのもあり、みんなおかしなテンションで教室が文化祭特有の奇妙な雰囲気になった。
不動はクラスメイトのテンションの高さに中々ついていけず、佐久間を観ては貧血になりつつもなんとか準備に取り組んだ。




始まる三分前、皆配置について最後のミーティングを始めた。

「いいか、優勝するのはここだからな」

「「おー!」」


帝国学園の文化祭はクラス対抗で、売上金が一番高いクラスが優勝となる。
売上金は一定の額を越えれば自分たちのお金にしても構わないから尚更張り切るのであった。

始まりと共にさっそくカフェにもお客さんが入ってきたので忙しくなった。
皆佐久間のメイド姿が可愛いだのなんだの言って写真を撮ろうとする。

すると辺見がすかさずやって来て

「あ、撮影料頂きますね」

と言うのだ。

当然無料ではない。佐久間はこの店が儲かるポイントでもあるのだから。
皆、始めは不慣れな作業に戸惑っていたが、徐々に慣れていき大分スムーズになっていった。

佐久間も諦めたのか開き直ったのかは分からないが笑顔で写真を撮られる。
不動はそのやり取りを見ながら、自分も撮りたいと思いつつ持ち場を離れる訳にもいかないので我慢していた。
暫く淡々と仕事をしていたら、他校の生徒らしき人間が入ってきた。

帝国学園の文化祭に参加できる他校の人間は
、帝国に余程の親しい者がいるか、相当な金持ちである。
セキュリティの厳しいこの文化祭は身内ですら簡単には入れない。


「帝国の文化祭ってすげー!!」

よく通る、聞き慣れた声がして客の方を向くと――

「円堂!」

「鬼道、豪炎寺、風丸まで」

「佐久間、不動、久し振りだな」

FFI以来であったのもあり激しい六人は懐かしい気持ちになった。

「佐久間、メイド服よく似合ってるぞ」

「あまり見んなよ……恥ずかしい」

「そんなことない。写真撮っていいか?」

「ああ、じゃあ一緒に撮るか」

鬼道と二人で楽しそうに写真を撮っている光景を不動は不満そうに眺めていた。

(俺だって撮ってねぇのに……)

心の中で、ぶちぶちと文句を呟いていると鬼道と目が合ってしまった。

(うわっ……こっち来んなよ)

まずいと思ったが、鬼道は不敵に笑って不動の元へやって来た。
写真を撮り終えた佐久間は風丸と楽しそうに話している。

「今、"うわっ……こっち来んなよ"とか思っただろ」

「はいはいご名答。……って何でお前らがここ入れたんだよ。入場券いくらか知ってんのか?」

「元々俺は帝国に通ってたからな。優等生だったし特別だ」

鬼道はどうだと言わんばかりにそう答えた。

「あっそう。じゃあもう帰れ」

「甘いぞ不動。俺が諦めたとでも思ったか?」

「お前、俺から佐久間を奪うつもりか」

「奪うも何もお前のじゃないだろうが。どうせまだ好きの一言も言えてないくせに」

「何でそれを……」

「そんなの想像の範囲内だ。お前のことだから素直になれなくて、小学生みたいな事でもしてるんだろう」

まるで今までの不動の行動を見ていたかのような図星具合に鬼道の言葉はグサグサと突き刺さる。不動が言い返せなくなると鬼道はニヤリと笑った。

「まだ俺の方が上手のようだな」

「調子に乗るなよ鬼道クン。この際どっちが上かはっきりさせようじゃねぇか!」

「挑むところだ!!ならこの文化祭で勝負だ」

「上等だ!……ってな訳で俺は抜けるぜ」

「は!?待てよ不動!」

二人は颯爽と去っていった。

「何やってんのあの二人……馬鹿だろ」

「まぁ一応はお前の為に頑張ってるんだぞ?」

「何で俺の為?」

好きだからだろうが、そう言おうとして風丸はやめた。
恐らく己の目の前にいる鈍感な彼はそんな事言っても気付かないだろうと思ったからだ。

「まぁいいか。ところで今日は四人で来たのか?」

「ああ。そんなに入場券もらえないからな。一応あいつら三人は鬼道のコネで俺は――」

「俺が招待した」

「辺見?」

気が付けば二人の後ろにメイド服を持っている辺見が表れた。

「手伝ってくれる前提にな」

「風丸……お前」

「いや、豪炎寺が見たいっていうからさ」

「だからってこんな格好していいのかよ」

佐久間は自分の着ているメイド服を引っ張る。

「今日さぁ、豪炎寺と約束あったんだけど帝国の文化祭にどうしても来たくて……」

なんでも、風丸は豪炎寺とデートの約束をしていたらしい。
だが鬼道が帝国の文化祭の入場券が四枚手に入ったからどうだと誘われ、そちらを選んでしまった。
別に枚数自体は足りているのだから、辺見が招待しなくても良かったのだが、豪炎寺が拗ねて一枚はファイヤートルネードによって炭となったらしい。
そして事情を聞いた辺見が招待したのだが、行くこと自体豪炎寺は不満なようで、風丸なりの埋め合わせだった。

「豪炎寺もいじけたりするんだな」

イナズマジャパンにいた頃はクールなイメージの方が強かった為、佐久間にとっては意外な印象だった。

「風丸には甘えるよ」

円堂は苦笑いしながらそう言った。

風丸が着替えてくると言って待つこと数分。

彼も恐る恐る入ってきた。


「辺見、これ短い……」

「大丈夫だ、いつか慣れる」

「俺は慣れない」

恥ずかしそうに服を引っ張る風丸と不満そうにつんとしている佐久間を見て辺見は大層ご機嫌のようであった。

「うぉぉぉ!!これぞまさに芸術だ!楽園だ!」


「辺見うざい、そして煩い」

佐久間は、暴走している辺見を無視してちらりと豪炎寺を見た。

「豪炎寺……」

「なんか目眩してきた」

「ティッシュ足りるか?」

「分からん」

フラフラしながらも豪炎寺は風丸に抱き着いた。

「風丸!似合いすぎだ。今夜は帰さないからな」

「はぁ!?なに言ってんだよ。離れろ変態」

風丸は豪炎寺に強烈なキックをお見舞いし、豪炎寺は貧血になっていたせいもありそのまま気絶した。

「豪炎寺!!大丈夫か?」

「仕方ない。円堂、一緒に保健室に運ぶのを手伝ってくれ」

「分かった」

源田と円堂は豪炎寺を連れて行った。


サッカーの日本代表であり、世界一のチームにいた人間がこんなことに脚力を使ったなんて誰が想像しただろう。
況してや豪炎寺はエースストライカー。子供たちのヒーロー的な存在である。

そんな彼がシスコンな挙げ句に男と付き合っていて、その恋人のメイド服姿を見て鼻血を出して蹴飛ばされ、気絶したなど子供が知ったら立ち直れないだろう。
その場にいた全員がそう思った。

佐久間も半ば呆れていたが、好きな人に似合ってるとか言われている風丸が少し羨ましかったりする。

「いいなー、風丸は」

「何で?」

「豪炎寺とすごい仲良いいじゃん」

「そうかな……お前も早く不動と付き合えよ」

「無理!だって、その……好きとか言えないし」

「そこは勇気出せって。まぁ俺的には不動が告白するべきだと思うんだけどな。こう男らしく」

「不動はそんなことしないよ。俺のことはせいぜいチームメイトくらいにしか思ってないから……」

「……ったくお前たちは」

風丸は思わずため息を吐いた。
この二人は非常に気持ちが伝わりにくいのだ。
それはお互いがお互いを大切に思っているからなのだが、どちらも好きじゃないからなんて言っていたらきりがない。
それでも風丸は余計な手助けはしないつもりでいた。
彼も源田と同じ、"恋愛は二人でするもの"主義だから。

(まだ時間もあるし、大丈夫かな……)

風丸は二人が付き合えばWデートでもしたいな、なんて思っていた。

すると例のあの二人が帰ってきた。

「不動……中々やるじゃないか」

「お前に負ける訳にはいかないからな」

「お前たち……何やってたんだよ。不動は仕事しろ」

「で、どっちが勝ったんだ?」

「源田!」

相変わらず暢気な源田であった。

「いや、引き分けた」

「まぁ俺の方が鬼道クンより優勢だったけどな」

「何を言う。あれなら俺が勝っていた」

「どっちでもいいから早く仕事しろ!!」

佐久間をかけた戦いであったが、結局彼に怒られて二人の戦いは終わった。

「お前らどこで何してたんだ?」

「グラウンドでサッカーやって、帰りに色々店回ってきた」

「恵那先輩のクラスの店、去年よりもグレード上がった気がする」

「やっぱりここの文化祭おかしいよな……」

「俺も雷門行ってカルチャーショック受けた」

「そっちが普通なんだよ」

二人で店を回ったのだが、値段がおかしいのは勿論、会計がカード払いという目茶苦茶な文化祭であった。
不動に、中学生の分際でガードなんか持つな、という本音がなかった筈がない。



風丸が助っ人に入ったのもあり、メイドカフェは大繁盛だった。
サッカー部はこの後部活の勧誘で忙しい為、一旦抜けて他校である風丸たちにも店をの仕事を任せた。最早誰の文化祭か分からない。



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