辺見先生の特別講座




「みんな、何やりたいか決めたか?」

朝のHRで昨日に引き続き、文化祭の話題が出た。
皆迷っているようで、何にしようか悩んでいる。
沈黙が続くので担任教師は困ったようにいくつか提案を出した。


「縁日とかはどうだ?後はお化け屋敷とか…」


ガラガラ

担任の言葉を遮るように前のドアが空いた。

「失礼します」

その声と共に表れたのは……


「「辺見!?」」

「何でお前――」


何故隣のクラスの辺見がこの教室にいるのか、それは誰も知らない。

「こら辺見、教室に戻りなさい」

「A組の皆さん!!」

教師の存在を無視して辺見は教卓をバンと叩いた。

「このクラスが何をやるかなんて決まってるも当然ではないだろうか!」

「は…?」

「佐久間、辺見の奴とうとう頭イカれたのか?」

「そうかもしれない…」

クラス中がドン引きしているが、源田は呑気に手を挙げた。

「辺見、俺たちはなにやるべきなんだ」

「メイドカフェ」



言葉ではとてもじゃないが説明できない空気になった。
簡単に言えば教室が凍りついた。


「何でメイドカフェなんだよ。お前のクラスでやれば――」

「あまいぞ不動!」

(ダメだこいつ…)


「お前たちは分かっていない!いいか、このクラスには佐久間がいる。佐久間はなんだ?男の娘だろうが!」

「何で俺!?」

「男の娘とは女のように美しくされど男。そのギャップこそが究極の萌えを造り出しているのだ!」


「大丈夫か辺見…」

「ダメだ、あいつはああなると止まらない」

「萌えを極めるらしいよ」

佐久間は他人事のように遠い目をして言ったが一番の被害者は他でもない、彼である。


辺見はその後もずっと話していた。
しかしその巧みな話術は徐々に周りを惹き付け、だんだんとクラスが盛り上がってきた。

「衣装やら店のプロデュースは俺に任せてくれ!絶対この店が儲かる事を保証する。みんな、俺についてこい!!」


「「おー!!」」



「……おかしいだろ。洗脳か、これって洗脳なのか」

「落ち着け不動。これは辺見のスキルでもあってな、あいつの話術には何故かみんな賛同してしまうんだ。ってことで俺も賛成」

「うわぁ…最悪…」

不動の隣では絶望している佐久間がいる。

「おい不動。お前も賛成してくれ」

辺見は三人の席まで来た。

「いやでも佐久間嫌がってるし…」

「不動」

辺見は不動にそっと耳打ちをした。

「佐久間のコスプレが見れるぞ?こんなチャンス滅多にないからな。お前好みにしてやるよ、どうだ?」

不動は力一杯辺見の手を掴んだ。

「頼んだぞ辺見!!」

「任せろ!」

「不動まで何言ってんだよ!俺は反対だからな。誰が着るか―――」

すると佐久間の目の前にペンギンのストラップが現れた。

「!これは…あの水族館でペンギンショー見た人から抽選で一人にしか当たらないレア物…」

「お前FFI中だったから行けなかったもんな」

「あの水族館って何処だよ…」

「よせ不動。今は会話に入らない方が身のためだ」

「何でお前が持ってんの?」

「さぁな。でも欲しいだろ?」

「う……」

「別に他の奴にあげても構わないぜ?」


辺見は意地悪くゆらゆらと目の前でストラップを揺らす。
佐久間はとうとうストラップを奪った。

「分かった、分かったよ、やればいいんだろ」

「よっしゃぁぁ!!交渉成立!」


すると、皆歓喜の声を上げ、教室が沸いた。
怪しげな宗教のようなそれに教師は頭を悩ませることになった。


こうして2ーAの文化祭でやる店が決まり、辺見がこの後自分のクラスメイトに袋叩きにされたのは言うまでもない。








忙しい中着々と準備が進む。

辺見はクラスの出し物は適当にやっておいて、佐久間と女子が着るメイド服のデザインを考えていた。
女子はそこまで凝ったりしないが、佐久間のは約束通り不動の意見も入れたりして作る。

それでも、彼がクラスの人間に袋叩きにされつつも恨まれないのは彼の人徳だろう。
そして辺見のクラスメイトも佐久間のメイド服姿が見たいのだ。


そんなこんなで気がつけば前日となっていた。


「いよいよ明日だな」

「俺はライブが緊張するな…」

「大丈夫ッスよ、佐久間先輩。歌めちゃくちゃ上手いじゃないですか」

「お前ボーカルかよ!似合わねぇ…」

「悪かったな不動、俺がボーカルで」

「別に悪いなんて言ってないだろ」

ただ佐久間が歌うなんて意外としか思えなかった。
それでも歌まで聴けるのは嬉しい事である。

「じゃあこの俺が聴いてやるからミスんなよ?」

「別にお前に聴いてもらわなくたっていいから」

「はいはい、いじけんなよ」

いじけたようにプイッとそっぽを向く佐久間の頭をぽんぽん撫でてやると顔を真っ赤にしながら更に怒った。

「み、みんなの前で…そんな事…するな!!」


帰る、と言って佐久間は先に帰ってしまった。


「佐久間先輩可愛いッスね」

「成神!?」

「あぁ、心配しないでください不動先輩。そういう意味じゃないですから」

「なっ…」

「早くくっつけよお前ら。見てるこっちがもどかしくなる」

「アイツは俺の事なんかなんとも思ってねぇから!!俺も帰る」


不動も帰ってしまったが、辺見と源田と成神はにやにやしながら笑っていた。

「素直じゃないですね」

「これは少し時間かかるな」

チームメイトの恋を応援しつつ面白がっている三人は、恋愛禁止なんて規則を作ろうとしている寺門をどう説得するか考えるのであった。








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