青のカーネーション | ナノ


  第七話




元々男に媚びるようなテクニックを持ち合わせていない佐久間であったが、数奇な運命に翻弄されている姿は一部の男性の庇護欲を掻き立てた。それでいてそういう人間は、佐久間がいつも明王や有人に注いでいるような深い愛情を求める。要するに美しいもの守りたくて、更にいえばその美しいものからの慈愛を受けたいのだ。
佐久間に子どもがいるというのはごく一部の、佐久間が始めに無理だと言っているにも関わらず"朝まで一緒にいたいと"要求してくる客だけが知っている。綺麗な男が子どものために売春をしている、その哀れさや愛情深さがこういった客を溺れさせるのだ。

彼は客と身売りという関係を越えたがっていた。そのため佐久間はセックスだけではなく買い物や食事などにも付き合わされていた。そして高級なブティックへ行っては頻りに"欲しいものある?"聞かれるのだ。
多くの客は佐久間の長い髪を好んでいたしその客も例外ではなかった。そんな彼に維持にかかるお金がもったいないから切ると話すと美容院に連れて行かれ、おまけに高そうなトリートメントや肌の手入れにと美容液も押し付けられた。さらには佐久間が細いのはあまり食べていないからではと心配し、その分の現金まで渡されることもあった。
仕事内容以外で物や金をもらうのはどうかと思い、始めのうちは佐久間も断っていたが、"僕が好きでやっているだけだから"と聞かないので海外でいうチップのようなものだと割り切ることにしていた。
ところが、その客は気味が悪いほど佐久間に入れ込んでしまった。休日はどこか行こうと誘ってきたり朝まで一緒にいたいと言ってくる。本当に良くしてもらっているから、佐久間もそのくらいは応えたいと思いつつ、休日は部活動があるので"仕事があって行けない"と断りの連絡を入れていたし、朝までというのも子どもがいるから無理だと謝罪して外が暗いうちにホテルを出ていた。

休日も働きづめ、そもそも売春をしなければならない状況。その二点で佐久間がかなり金に困っていることが目に見えた。おまけに子持ち。かなりの苦労人であるのが手に取るように分かる。
そんな彼は佐久間と結婚したいと言い始めた。自分と結婚すれば金に困ることはないし働かなくていいと嬉しそうに話していた。だが佐久間はコーチとしての仕事は好きであった上、結婚する気もなかった。それに、明王と有人に"売春相手と結婚する"など言えるはずがない。佐久間は売春をしていたことは墓場まで持っていくつもりだった。
第一、"子どもも多感な時期ですから"と佐久間が言った後の客の科白で、佐久間は絶対結婚なんかするもんかと決めていた。

"子どもなんか施設に預けちゃいなよ"


「開けて!!開けてってば!!どうして連絡くれないの!?契約破棄ってどうして!?」

叫びながらドアを叩く客は普段は穏和な人間だったので佐久間はその豹変振りに恐怖した。
幸か不幸か嵐のお陰で外を歩いている人もいないし、この客の存在も気づいたのは恐らく隣人くらいだろう。だがいつまでもこうしておくわけにはいかない。

「あの話はお受けできません。それに前回お話しした通り会うことも無理です」

「何で?僕はこんなに君のこと愛してるんだよ?」

自分は性的なサービスを提供している。だから男娼以上の感情を抱かれてもそれに応えることはできない。以前のような関係に戻ることはできそうにないから、契約自体を切らせて頂く。
これが、どう断っても食い下がってきた客に言った、最後の言葉だった。

しかし諦めきれなかった客は佐久間のことを調べ上げた。そして本名と住所を知った彼はこうしてやって来たのだ。嵐の日に。

「いいから開けて!開けないならいつまでもここにいるからね!」

客の言葉がはったりなんかではないというのはわざわざ佐久間を調べてここまで来ていることが証明している。本当なら警察を呼びたいくらいだが、そうなれば売春のことも話さなくてはならない気がして、電話をするのを躊躇った。
ドアを激しく叩く音と男の怒鳴り声は続く。不審に思った明王と有人も玄関までやって来た。

「母さん……誰?」

二人は心配そうに佐久間を見る。もしここで放っておいても何も解決しない上、下手したら子どもたちに被害が出るかもしれない。それだけは避けたかった。自分が何とかしなければ二人を守ることはできない。佐久間は明王と有人の肩にそっと手を乗せた。

「今からちょっと話し合いをするから部屋にいってなさい。絶対、何があっても出てきたらダメだからな」

「母さん……」

「俺は大丈夫だから」

佐久間は二人を安心させるように頭を撫で、部屋に行くよう促した。すると先に有人が動く。まだ不安そうに佐久間を見ている明王を引っ張って部屋に行ってくれた。
相変わらず暴力的な音が鳴り響く。佐久間は恐怖で吐きそうになるのを抑えながら携帯を開いた。電話帳から登録するだけしてまだ一度も使っていない連絡先を探し、ボタンを押す。
二人とも卒業してしまったのに、連絡だってしなかったのに、今更しかもこんな要件で電話をかけるのだから図々しいと思われるだろう。切られる可能性だってある。それでも佐久間は、彼に頼るしかなかった。

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