青のカーネーション | ナノ


  第六話


その日は嵐だった。運良く部活を終え、家に帰ってきた後雨が降り始めたため、誰も雨に濡れることなく帰宅できた。三人でラッキーだったねなんて話をしつつ、佐久間は夕食の準備を始めた。
昔よりも作る量が増えた。中学生になった二人は今がまさに食欲旺盛な時期だ。食費がかかるのも正直なところだが、体を作る大切な成長期にそんなことは言っていられない。自分の身の回りを中心に削れるものはとことん削った。だが、ほんの最近までこれでもかというくらい佐久間に貢ぐ客がいたお陰で削った分は戻ってきてしまうくらいだった。しかしその客とも契約を切ってしまった。というより切らざるを得なかった。もちろん後悔はしていない。

「練習どうだった?やっぱりキツいだろ」

「余裕余裕、俺強ぇから」

「走り込みの量増えて辛そうにしてなかったか?」

「は!?有人こそ練習終わった後へばってただろ」

「なんだと」

「はいはい、喧嘩しない」

食事そっちのけで口論になった二人を止める。相変わらず毎日のように言い争っている二人だが、殴り合いや相手を本気で侮辱するような発言はしないため兄弟らしくていいやと佐久間は内心思っていた。

「母さんが指導してるところ見たかったな」

何気なく有人がそんなことを言った。

「指導者が親ってなるとスタメン入りしたり褒められたりする度に難癖つけられるぞ」

佐久間は苦笑いしながら自分の食器を片付け始めた。
二人とも一年時に既にレギュラーとなり二年生になった現在も大いに活躍している。去年は特に先輩からのやっかみがすごかったなんて話を聞いているから、あのまま佐久間がコーチとして中等部にいたら二人の風当たりは相当強かっただろう。
数年前にB級コーチライセンスを取得した佐久間は明王と有人が帝国学園中等部に入学すると同時に高等部のコーチとなった。理由としては佐久間が心配していた通り、兄弟ならまだしも部活内に親子がいるとなればお互いに良くないだろうと影山が判断したからである。
その話を聞いて露骨にがっかりしたのが明王であった。明王は"母さんがいないなら帝国なんか行かない"とごねたが、強くなりたいなら入れ、と佐久間や有人が説得したお陰で今では二人とも帝国生だ。
二人がかつての自分と同じ制服を着ていることに佐久間は大きな喜びを感じていた。そして昔の自分は学費の心配なんてこれっぽっちもしていなかったことを思い出す。二人とは違い、随分お気楽な学生時代だったなぁと自嘲した。学費は有人の分はサッカーのためだと影山が出し、明王の分は例の借金と共に影山に返すことになっている。明王もかなり将来性があるとのことで、影山も多少は協力していた。


「雨酷ぇな」

ニュースでは今にも看板が飛んできそうな暴風雨の中、リポーターが体を張って報じている様子が映し出された。当然、リポーターを除き、外に出ている人間などいない。

「ほら、食べ終わったら食器持ってこい」

洗い物をしながらテレビを観ている二人を呼んだ。恐らく次のスポーツニュースが気になるのだろう。
凄まじい嵐だというのは台所にいる佐久間にも分かった。叩きつけるように落ちる雨粒の音が尋常ではない天気だということを知らせてくれる。こんな日は家にいるのが一番だ。そういえば、テレビドラマで何か事件が起きるときは大抵大雨だな、と皿を拭きながらそんなことを思った。大雨の時に限って修羅場になったり怪しげな人物を目撃したり、さらには運命の人と出会ったりする。
演出上その方が良いのかもしれないが、大雨の日というのはみんな家にいるだろうから、非日常なことは寧ろみんなが外に出る普通の天気の時の方が多いんじゃないかなぁと佐久間は考えた。

だがそれは今テレビを観ている二人には言わない。"また母さんが変なこと言ってる"と馬鹿にされるのがオチだからだ。当たり前だが二人とも昔より体も頭も成長している。小さい時のように何でも無邪気に"母さんすごーい"なんてことはもう言わないのだ。
以前より可愛気がないと佐久間も悪態をついているが、サッカーの話は沢山聞いてくるし、母の日や誕生日には何かしらプレゼントをくれるので何だかんだで可愛いと思っていた。そもそも血が繋がってなくたって我が子だ。可愛くないわけがない。

食器を棚にしまっているとインターホンが鳴った。こんな時に来客かと佐久間は驚いたが、更に二、三回ほど鳴らされ、急かされるように玄関まで走った。

"お待たせしました"は言えなかった。佐久間はドアを開け、訪問者の顔を見た瞬間絶句しそのまま勢い良くドアを閉めた。

「佐久間さん、佐久間さん!!」

ドアを乱暴に叩く音が聞こえ、佐久間は震える手で鍵とチェーンをかけ、その場に座り込んだ。

「……帰ってください」

「どうして?ここ開けてよ!佐久間さん!!」

何故自分の本名を知っているのだろう。繰返し自分の名前が叫ばれる度に頭がズキズキと痛んだ。
相手はつい最近契約を切った客だった。






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