青のカーネーション | ナノ


  第五話






まさか自分の人生がこんなことになるとは思ってもみなかった。学生時代の自分が思い描いていたものとはまったく違うそれに佐久間は何度苦しんだことだろう。
子どもを育てろと言ったのは影山だ。借金を返せと言ったのもそう。
しかし、夢も家族も失って廃人同然だった佐久間に仕事と新しい家族を与えたのもまた、影山だった。

高校三年生の夏、佐久間はプロとして日本のチームに入ることが決まり、そのお祝いにと家族で旅行することになった。
裕福で家族仲も良好、周りから羨ましがられるような家庭で佐久間自身も自慢の家族だと思っていた。
しかしその旅先で、大きな事故にあったのだ。
家族は即死、一番軽傷であった佐久間も、普通の人としては支障がない程度の怪我であったが、プロの選手としては使い物にならなくなってしまった。当然契約は破棄され、佐久間は一瞬にして将来を奪われた。

退院してからも事故から立ち直れないまま、自分の進路について考えることも放棄していたとき、中学時代の恩師である影山が佐久間を訪ねてきた。
例の事故は大きなニュースにもなったため、影山の耳にも入っていたのだ。
影山は変わり果てた姿の佐久間の前に四歳くらいの子どもを連れてきた挙げ句、なんの前触れもなく

「今日から貴様が親だ。この子を育てろ」

と言った。
そしてその子どもが今の有人である。

有人の両親も佐久間と同じ事故に遭い、亡くなっていた。一時的に施設に入った有人は影山にサッカーの才能を認められ、そのまま養子入りした。そこまでは良かったものの、妻は既に他界している影山に育児をする気など更々なかったのだ。サッカーは教えたいがその他は興味がない。だが有人のような優秀な人間は下手に里親のところへもらわれると、自分が管理できない状態になってしまう可能性もある。それなら自分の息のかかった人間に育てさせよう。影山はそう考えた。極端な話、有人にサッカーだけ教えることがてきれば彼がどんな人間になろうと影山はどうでもよかったのだ。

当然、いきなりそんなことを言われた佐久間は断った。兄弟は二つ上の姉がいただけの佐久間は子どもの面倒すら見たことがないし、根本的に18歳なんてまだ子どもだ。そんな子どもが親になって子育てなどできるはずがない。まれに若い母親や父親を見るが、それは自分の子どもだから育てられるのであって他人の子どもをこんな自分が育てるなど不可能だ。なんてことを言ったが影山にはまったく聞いてもらえなかった。
それから有人の前で長時間に渡る話し合いをした結果、佐久間は帝国学園のコーチ兼有人の親になることが決まってしまった。

今から大学に行く気も起きないし、少しでもサッカーに関わることをしたい。そんな佐久間に有人を育てるならコーチとして雇ってやってもいい、そこで働きながら資格を取れるようも配慮してやる、それに成人するまでは金銭的な面倒は見てやると次々に条件をつけてきたのだ。関わりの薄い親戚に世話になるのも嫌だった佐久間にとっては破格の条件だった。それに今は一人ぼっちで過ごすより子どもでも、他人でも、いたら気が紛れるかもしれないというのが心の片隅にあった。

こうして佐久間は有人の親になったのだ。

有人も佐久間も実の家族を失ったばかりで精神的に不安定だった。それがあってなのか二人は寄り添うように毎日を過ごした。お互い家族の愛情を必死に求めていたのだろう。そのお陰で二人の関係は思ったよりも良好になった。
佐久間は、有人に何と呼ばせればいいか影山に相談したが、好きにしろとしか言わなかったので、あれこれ考えていたがそのうちに有人は"お姉ちゃん"と呼ぶようになってしまった。
何度お兄ちゃんと直しても直らなかったため、子ども相手に怒っても仕方ないと佐久間は諦めた。やがて、幼稚園に連れて行ったり一緒に公園で遊ぶうちに周りをよく見ていた有人は、佐久間は"お姉ちゃん"ではなく"お母さん"なんだと思うようになった。
有人に初めて"母さん"と呼ばれたときはやはり驚いた。佐久間は自分の体が男のものであるのにも関わらず"お姉ちゃん"や"母さん"と呼ばれることに複雑な気持ちを抱いていたが、少しずつ自分に心を開いていく有人が可愛くて、有人が"母さん"と呼びたいならそれでいいやと楽天的に考えた。
そして小学二年生になった今でも有人は佐久間のことを"母さん"と呼ぶ。流石にどうかと思いつつ、明王まで母さんと呼んだせいで訂正ができなくなってしまった。そしていずれ男女の違いというのを知ることになるからそのときでいいんじゃないかと佐久間は考えた。きっと、それを知ったとき、自分は"父さん"と呼ばれるのかななんて思ったら不思議な気分になった。
自分がちゃんとした躾をしているとはまったく思っていない。現時点で男である自分を"母さん"と呼んでいるのにそれを矯正していないのだから良い親ではないはずだと佐久間は思っている。だが子育てに"正解"がないのは、マニュアル本を大量に読み、育ててみた結果悟ってしまった。子育てというのは難しい。

自分が子どもの頃は、親というのは完璧な人間だと思い込んでいたが、なってみるとそんなことはまったくないのである。親だって沢山失敗するし間違える、未熟な存在だ。実際子どもを育てて佐久間はそれを痛いほど実感した。おまけに佐久間は8歳の子どもの親にしては若すぎる上、本来なら父親になるはずの性別だ。普通の親ですら子育てというのは苦労するのに、頼る人もお金もない佐久間は尚更である。たまに、親戚の世話になりながら大学へ行っていればな、と考えることはあった。それでも、こうして二人の寝顔を見ていると、家族がいて良かったと、これもまた幸せなんだと、心から思えた。

佐久間はまだまだ青い、若葉マークのついている親だ。それでも本物の家族以上の絆を築きたいと、ありったけの愛情を注いでいる。

健やかに眠る二つの宝物を見て、胸がじんわりと温かくなった。











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