明後日から帝国学園は夏休みになる。しかし夏休みとは言っても部活や勉学で忙しい帝国生には休む暇もない。そして何より、秋に行われる帝国学園中等部の最大行事のための準備が始まる。実はこれがとても大変なことだった。



「合唱コンクール?」

「ああ、十一月に行われる、帝国の名物行事だ」

現在HRでは合唱コンクールのための曲決めや役割分担をしている。源田は外部生の佐久間にこの行事について説明していた。初等部の生徒は、毎年中等部の合唱コンクールを聴きに行く事になっていたので源田も不動もよく知っている。
何せ帝国学園の合唱コンクールはかなり有名だ。何度かテレビでも取り上げたことがあるくらい。学校側としてもここはただの"ガリ勉"が集まるところではない、あらゆることを完璧にこなす生徒を育てる一流の場所だというアピールになる。夏休みに指揮者、伴奏者だけでなく全員が各自練習をしてくる。クラスによっては休み中に集まるところすらあった。そして、二学期の十一月に行われるその行事のためにひたすら練習を続ける。

「にしても十一月って随分先じゃねぇか。力入れすぎだろ。ぜってー飽きる」

隣で不動は面倒くさそうに呟いた。

「そんなことないぞ。俺、兄貴から聞いたけど十一月なんてあっという間だってさ」

「へー」

源田の兄も帝国生で今は高等部にいる。すぐ終わると言われても、合唱の面白味など分からない不動にとっては、初等部時代は毎年この行事が嫌で仕方なかった。長時間椅子に座って興味のない合唱を聴き続ける。拷問に近かった。

長い時間を掛けて仕上げていくだけあり、中学生の行事とは思えないレベルの合唱を聴けるとしてお偉いさん方からも評価が高い。そう教師が語ったところでつまらないものはつまらないのだ。

学級委員を中心に曲やパートリーダーを決めていく。クラスの責任者には多くの支持を受けた源田が任された。

初等部の頃から源田の存在は偉大であった。常にクラスを見渡し周りの事をよく考えて行動する。揉め事が起きれば中立の立場になって解決してくれていた。
現に今もクラスで不動と佐久間が喧嘩をおっ始めれば止めるのは源田だった。クラスで頼りになる存在として定着している彼は教師よりも信頼されている。何か起きれば教師ではなく源田を呼んでくる始末であった。
顔立ちも整っていてスポーツマン、おまけに皆に平等で優しい。そんな彼はみんなから好かれた。

「流石源田だな」

不動も、源田のことは評価している。面倒くさがり屋の自分が源田のようなポジションにはつけないからだ。第一つきたくない。

「俺なんて普通の奴だよ」

「クラスの人気者が普通ねぇ。あれだけ面倒なこともやってるし――」

謙遜されるとフォローをしたくなるものだ。源田ほど無害な奴はいないと佐久間を見ながらそう思った。ところが、当の源田は、人を滅多に褒めない不動からの言葉をそこまで嬉しそうには受け取らなかった。

「源田?」

「あ、いや何でもない。しかし俺でいいのか?音楽なんて全く分からないぞ」

「取り仕切るだけだからいいんじゃねぇの?」

「そうか」


少しずつ代表的な役割も決まっていき、自由曲も決定した。

「モルダウか」

「佐久間、知ってるのか?」

「ああ、割りと有名な曲だよ。スメタナが作曲したやつで――」

今度は佐久間が曲の事を源田に話している。何だかんだで二人は楽しそうだった。
不動はと言えばこんなHRはさっさと終わらせて欲しいとしか思っていなかった。かったるい、たかが行事に何故こんな時間がかかるのだ。そんな事を思いながら机に突っ伏していた。今はそれを注意する口煩い彼もいない。鬱陶しい奴はいるものの、鬼道がいないだけマシだった。
しかし、早く終われという願いも虚しくHRは一向に終わらない。

「誰かやってくれないかな?」

一年D組担任の女教師である河西は困った顔をして皆に問いかけていた。自由曲も責任者も決まったが、指揮者と伴奏者のところだけ名前が空白になっている。

「指揮者も伴奏者もすごくやりがいがあると思うの。どうかな」

河西がいくら言っても手は上がらない。皆俯いてしまう。

「マジさぁ、誰かやれよ……」

不動たちのクラスである一年D組は比較的に大人しいと言われていた。確かにどちらかと言えば野心家の多い生徒の集まる帝国では珍しい学級である。理由としては外部生が多いことが大きかった。
それにしてもここまで手が上がらないのはおかしい。パートリーダー等は速やかに決まっている。

「ならお前がやればいいだろ」

少し不満を漏らしただけであったが、それは佐久間の耳にはしっかり入ってしまい、佐久間は不動を睨みながらそう言った。行事好きな佐久間にとってはこういったやる気のない生徒が気に食わないのだ。それもあり、体育祭の時も揉めていた。

言い返しても面倒な事になるのは目に見えていたので不動は適当に聞き流した。
そんなやり取りの間にも立候補者は出ない。本来なら花形でもある二つの役割は人気のはずであった。

「吹奏楽部とか弦楽部の子はどう?やってくれない?」

担任再び訊ねたが誰も何も言わない。黙っているというのは答えがNOだというのと同じ。担任は困り果てていた。

「こうも立候補者って出ねぇもんなのか?」

「いや、そうじゃなくてアレだろう」

「アレ?」

「不動知らないのか、噂になってるじゃないか」

「噂?」

なんのことだと聞けば知らなかったのかと源田に驚かれた。

「かなり有名な話なんだが」

「知らねぇよ、なんだよその噂って」

「俺も知らない」

そこへ佐久間も入ってきた。二人ともクラスメイトにそこまでの興味を持っていないためあまり交流がない。おまけにサッカー部は他の生徒から恐れられていた事もあり源田ほどフレンドリーではない限り近寄ってはこない。従って噂も二人の耳には入らなかった。

源田は泣きそうな河西や俯いてしまっているクラスメイトを一瞥してから話始めた。

「……帝国の合唱コンはレベルが高いだろ?だから優秀な賞を取ることは帝国生にとってはかなり名誉的な事なんだ。だから全学年本気で挑む。けどそうなると大体は三年生の争いになる。夏休みまで集まるクラスもほとんど三年生。それは分かるだろ?」

「ああ」

不動は合唱コンクールを観に行った初等部時代を思い出した。
金賞に輝いたクラスや特別賞を取った指揮者、伴奏者は皆泣きながら喜んでいた。
受賞者たちは、卒業して同窓会に入った時すら、皆から受ける視線が違うらしい。そんな話なら不動も聞いたことがあった。何かしらここで実績を残さなくてはならない。そう思っている人間は力の入れ方が違う。

「まぁ割りとこの行事はいつも殺気立つんだがな、今までは特に何事もなく無事に済んでいたんだ。けどな……」

一昨年、厄介な奴らがいてさ。そう言って源田は更に言葉を続けた。

「その年は柄の悪い奴が多かった。おまけに自分が一番じゃないと気が済まないような連中ばかりでさ。困ったのは一部すげぇ合唱コンに気合い入れた奴が一年で特別賞取ったんだよ」

「あー、そんな年あったな」

それは源田の言った一昨年のこと。一年生で優秀な指揮者、伴奏者に送られる特別賞を受賞した二人がいた。例年三年生が受賞するのに珍しいと騒いでいたので不動の記憶にも辛うじて残っている。

「それで自分達は特別賞を取って当然なんて思ってたらしいが、翌年入学してきた一年生にまた優秀なペアがいたんだよ。けどそれが気に食わなかったのかその人たちに陰湿な嫌がらせをしていたらしくてさ」

帝国の生徒はプライドは高いが温室育ちが多いから、妙な圧力がかかると潰れる奴も多いんだ。

源田が最後に言った言葉で二人は大体の内容を理解した。

「要するに万が一自分達が目立とうものならその先輩らにいじめを受けるかもしれないって事だろ、くっだらねー」

「そういうことを言うな。みんなはお前みたいに図太く生きている訳じゃないんだぞ」

不動はあまりの馬鹿馬鹿しさに本音を口にしたが源田に宥められた。
不動がそう思っていたとしても中学生にとって上級生に睨まれるのは深刻な問題である。不動たちも入部早々めきめきと頭角を表したため、先輩たちからは相当嫌われていた。実際に嫌がらせはある。しかしそんなことでいちいち気にしているようではやっていけなかった。
しかし他のクラスメイトたちは違った。そもそも不動のように突っぱねていけるような人間の方が少ない。
特に音楽系の部活に入っている生徒たちにとっては、そのような先輩が自分の部活にいるなんてこともあるので、その噂に完全に怯えていた。


*




相変わらず手が上がることはなく授業の終わりを知らせるチャイムが鳴った。
微妙な空気を引きずりながらも昼休みになったので皆席を立っていく。

「結局決まらなかったな」

「俺はやってもいいんだが、何せ音楽はからきし駄目でさ。リズム感皆無だしピアノなんか弾いたことない」

「でも源田は責任者やってるからすごいよ」

佐久間と源田は弁当を食べながら先程の事を話していた。
この場に不動はいない。昼休みくらいゆっくり一人で過ごしたいからだった。そして佐久間と食べるなんて、彼にはもっての他なのだ。

昼休みになって暫くしてから放送が鳴った。

「一年D組の佐久間君、一年D組の佐久間君。今すぐ職員室まで来てください」

自分の名前が呼ばれ、佐久間は驚いた。

「俺なんかした?」

「知らんが早く行ってこい。弁当は俺が食っておく」

「分かった――ってそれは駄目だからな!食うなよ!」

悪いことをした覚えはない。唐突な呼び出しに焦るものの、弁当を気にしながら仕方なく職員室へ向かった。
















「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -