「えー、皆さん静粛に」

俺が"普通"の小学校に通っていた期間は極めて短い。だがその少ない思い出の中に、うるさい生徒を注意するために「静かにしなさーい」なんて大声で叫ぶ教師がいた。
人が集まれば騒がしくなるのは当たり前だ。それがガキなら尚更。
ただ、そんなガキ相手に"静粛に"なんて言葉を使うこの学校はやはりおかしい。

「なんなんだよこの会」

四月の半ば頃、帝国学園初等部に通う全校生徒が講堂に集められる。現在四年生の俺がこの会に出るのは三回目だ。くそ、毎年毎年同じ話しやがって。そろそろ飽きてんだよこっちは。
なんて悪態をつくとまた鬼道に怒られた。真面目に出席してるだけいいじゃねぇか。

「帝国学園は何故、小学校から大学までのエスカレーター校なのか、皆さんはよく知ってるはずです」

理事長らしきじじいが偉そうに話始める。俺は興味なさそうにぼんやりとハゲかかったじじいの頭を見つめていた。

「そして、何故幼稚園がないのかも」

「鬼道、こんな話小学生にする意味あんのか?学校説明会かこれ」

「理事長が必要と仰るなら必要なんだ。お前のが決めることじゃない」

去年は"いいから静かに聞け"としか言われなかったのに。この一年で随分返し方が上手くなった。

「我々は、優秀な人材を生み出すべく長年教育のあり方を研究してきました。その結果、この帝国学園のカリキュラムが完成されたのです」

相変わらずまったくと言っていいほど面白味のない話だ。暇をもて余した俺は周りを観察する。ここからだと少し遠くて見にくいが、一、二年生の小さなガキたちは必死になってお話を聞いているのが分かった。意味は半分も理解できているのだろうか。それは知らないがお喋りもせず背筋を伸ばして座っている姿は正直怖かった。

「子供に完璧な教育を受けさせるには最低でも十六年の歳月がかかります。中でも小学生のうちに何をするかは今後の人生に大きく左右するでしょう」

十六年。小学校六年間に中学、高校を足した六年と更にそれに大学四年を足して十六年か。まだ九年ぽっちしか生きていない俺にとっては気の遠くなる長さだ。となると帝国学園に通うのは後十一年か。その間に俺はサッカーをやりながら、将来社長になる鬼道を助けるためのスキルを身に付けなくてはならない。今現在、まったくそんな能力が身に付いていないが大丈夫なのかと少々心配になるが、なんとかなるような気もしていた。

「よく、幼稚園から受験勉強なんて可哀想だという意見を耳にします。ですが六年間も通う小学校という場所はとても重要。それなら鬼になってでも優秀な学校に入れるのが本当の愛情ではないでしょうか」

誰に向かって言ってんだよ。
なんて言うとまた鬼道にくどくど言われるからやめておこう。

「そもそも幼稚園で受験勉強ができない、一流の学校に行けないなんて人間は、一生負け組です。しかし、ここにいる皆さんは厳しい受験戦争を勝ち抜いてきた勝者。中等部に行けば分かります。初等部から帝国学園に通っている皆さんは外部生よりも圧倒的に優秀でしょう。もちろん中等部へ行く際、進学試験に落ちればそこでおしまい。あなたたちが一流の人間になるには、一度だって失敗することは許されない。常に勝ち続けなければならないのです」

今までだらだら聞いていたそれを、俺は初めて意味が分かったような気がした。

これは洗脳だ。
帝国学園という一つの組織の結束力を高めるため、そして必要以上にプレッシャーを与え、ここの教育をより素直に受け入れるようにするため。
毎年これを聞くことにより、俺たちは自分を優れた人間だと思う。帝国に通ってない同級生や中等部で出会うであろう外部生を敗者だと見下す。そして、勝ち組でいるために、帝国学園に忠誠を誓い、必死にそのカリキュラムをこなしていく。

はじめのうちは意味なんか分からなくたっていい。ただ、これを刷り込まれていくと、俺たちは自分たちの気付かないうちに帝国学園の、この空気に飲まれていくようになるのだ。

やはりこの学校は狂っている。
そして、そんな学校に通う、こんなことを小学生のくせに気付いてしまう俺や、あまりにも物事に冷めきった鬼道も狂っているのだろう。

「皆さんは選ばれた人間。一流の人間になれる可能性を持った、ごく限られた人間なのです」

熱心に語る理事長をハゲだじじいだなんて目ではもう見れない。
毎年睡魔に襲われていたこの行事だったが、目的を知ってしまった俺は、眠ることなんかできなかった。
来年、そして再来年も俺はこの話を聞く。だが次からは、この理事長に同意する自分がここにいるのかもしれないと思ったら恐ろしかった。





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