パーティー会場はいつ見ても広い、無駄に広い。今日集まったのは、明日から帝国学園中等部に入学する生徒とその親。
といっても全員ではなく、国会議員や官僚、会社の重鎮、大病院を経営する医者といった所謂金持ちの中の金持ちみたいな連中のガキばかりで、帝国内でも親子共に権力を持っている奴ら。
親も親で、子どもの入学を祝ってなんてのは建前に過ぎず、実際は大人の社交の場だ。

「ったく、わが社をわが社をって少しは我が子をよろしくとか言ったらどうなんだよ」

「だからそういうことを言うな。俺たち子どもの交流の為にも開かれたパーティーなんだぞ」

「はいはいそうでしたねー、顔見知りばかりの連中と自己紹介でもしろってか?」

ここのパーティーに参加するような、"自分たちは社会の上層部にいます"みたいな親は、子どもを小学校のときから帝国学園に入れている。こういう世界では、帝国学園の初等部を出ていることは、勝ち組として生きるための最低限のステータスだ。だからあちこち知り合いだらけになってしまう。あそこで女子と話ながらジュースを飲んでいるのは源田、入学前にオールバックにして調子乗ってるアホが辺見、こんな具合なのに今更どう親睦を深めればいいのやら。

「何はどうであれ、お前も鬼道家として見られているのだから名に恥じない態度でいろよ。俺は挨拶があるから行ってくる」

鬼道は俺に釘を刺すようにそう言うと行ってしまった。

(つまんねー)

そうは言うもののつまらないものはつまらない。欠伸をしないだけマシだ。
早く終わることを祈りながら時計を見る。そのとき、誰かが思いきりぶつかってきた。

「いってぇな、誰だよ」

「おい、そこどけよ。邪魔だ」

「は?」

ぶつかった相手は知らない奴だった。
てっきり謝ってくるのかと思いきやまさかの逆ギレ。予想外の返答に開いた口が塞がらない。

「お前何言ってんの?そっちがぶつかってきたんだろうが」

「うるさい!お前が避ければ良かったんだ。俺は佐久間グループの跡継ぎだぞ、身分をわきまえろ」

出た……
こういう自分の家柄を盾に偉そうにする奴。俺の大嫌いな人種でもある。

この目の前にいる高飛車な女も、典型的な我が儘お嬢様タイプだ。
左目では橙色の瞳が俺を睨み、右目には何故か眼帯。そして淡い水色の髪は肩に丁度届くくらいの長さで、お嬢様にしては珍しく短い。
それにしてもなんていう性格だ。自己中にもほどがある。今まで甘やかされて育ってきたという雰囲気が嫌というほど漂ってくる。

「てめぇ何様なんだよ!」

流石にムカついた俺は『我が儘お嬢様』に詰め寄った。こういう奴は絶対謝らせるべきである。そうじゃなきゃ俺の怒りが収まらない。しかし、肩を軽くどついてやった時だった。

「おい、不動。何をしている」

最悪なタイミングで最悪な奴が現れた。

「あれ?鬼道さんじゃないですか!」

「は?何?お前鬼道の知り合い?」

「不動!お前なんて言うな」

「いえいえ、大丈夫ですよ」

いきなりお嬢様の態度が急変した。こいつが誰なのかは知らないが、とりあえず腹が立つ。

「とにかくすまないな、うちの者が失礼な態度を取ったようで」

「あ、そんな気にしないで下さい。それより、明日からよろしくお願いしますね」

「ああ、よろしくな佐久間」

二人は大人の社交辞令のように握手を交わしていた。









「不動、佐久間グループは鬼道財閥と昔から深い関わりがあるんだ。その後継ぎと喧嘩するとは何事だ」

「……悪かったって言ってんだろ」

まさか鬼道財閥と関係のある会社の令嬢だとは思わなかった。あの佐久間とかいうくそ女が社長になったら会社はつぶれるだろう。
帰宅早々鬼道の説教をくらいながらそんなことを考えていた。

「お前は鬼道家の人間でなくても鬼道家として見られているんだ。その自覚が甘いんじゃないのか」

「……」

「…今後このようなことがないようにな」

「ああ」

鬼道が出ていった後、自室の大きなベッドに横たわり大きなため息を吐いた。

明日から中学生、だというのに嬉しい気持ちなんてものはない。
小学校に入学したときは新しく始まる学校生活を、すごく楽しみにしていた。
祝ってくれる人がいたから。
前日は新品のランドセルを宝物みたいに抱きしめていたら、"早く寝なさい、ランドセルは逃げたりしないから"なんて母親に言われた。
父親は"友達いっぱい作ってサッカーできるといいな"と言って俺の頭を撫でてくれた。

足癖の悪い園児だった俺は、同じような悪ガキと喧嘩になれば手より足が先に出た。
それは悪気があったからやったのではない。よくある子供同士の喧嘩で、小柄だった俺は力で勝つことができないから蹴る位置や角度、それにタイミングなんかを工夫していたというだけ。もちろん小さなガキの俺にそんな意識はなく感覚でやっていた。元々戦う本能みたいのが備わっていたのだろう。喧嘩の才能などどう考えても無駄なのだが(喧嘩の後は鬼道にこっぴどく怒られるし)、喧嘩慣れもしてないくせに、初等部で稀に起こるそれに負けたことは一度もなかった。厳つい上級生にも怯まないし知恵がつけばつくほど感覚だけではなく頭も使い、一発で相手が戦意喪失することを(当たり前だが同じ男として下半身は攻撃しない)狙った。因みに苦情が来たことは一度もない。俺が鬼道家の人間だからということと、相手が動けなくなるのが目的だから、怪我はさせないようにしていることが理由。
そんな足癖の悪いじゃ済まないような俺にサッカーをやらせたのが父親だった。
明王は足が強いからサッカーをやらせたらいいだろうというなんともアホくさい父親の発想で俺はサッカーを始めた。その結果、俺は鬼道家に引き取られるまで喧嘩はしなくなったから、俺を売り飛ばさなきゃこの教育は成功したんじゃないだろうか。

二人の顔を、俺はもう思い出すことができない。いや、思い出さないようにしていると言った方が正解かもしれない。

今の部屋に、必要なものは全部揃っている。
鬼道家に引き取られた日から部屋、ベッド、机、辞書に筆記用具、ランドセルまでその他諸々みんな新しく用意された。

手ぶらでオッサンのマンションまで連れていかれたせいで、俺は母親に買ってもらったランドセルも、サンタという名の父親がくれたサッカーボールも、不動家にいたときに持っていたものは何一つ持っていなかった。
あれはどうなったんだろう。たまにそんなことを考えては時間の無駄だと頭の中から消す。

危うく身売りになるところだったのを奇跡的に鬼道に助けられ、金持ちの家で育ち、一流の教育を受けさせてもらえる上に大好きなサッカーも思いきりやれる、なんて恵まれているのだろう。

しかし俺はあくまで居候。将来鬼道有人に遣えるため、優秀な人材であるようにと育てられている。鬼道の為に生かされている。

そんな現実が、時に虚しく感じる時があった。

俺は何のために生きているんだ









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