翌朝、朝食までご馳走になり、その後二人で屋敷内の庭に出た。

「じゃあ俺からボール取ってみてよ」

軽くリフティングをして、挑発してくる鬼道。俺は動きをよく見極め、ボールを奪った。

「へへっ、結構上手いだろ」

俺が得意気にしていると鬼道はクスリと笑う。

「へー、結構やるね。じゃあ本気でいってもいいかな」

今度は鬼道が俺からボールを奪う。先ほどと動きが全然違う。だが俺も負けたくない一心で必死にボールをキープする。
激しい奪い合いになるが、今まで周りがあまり強くなかったせいで、こんなにワクワクするプレーは初めてだった。

「お前、強ぇじゃん。初め手加減しただろ」

「ごめんごめん。俺、友達とやるときは手加減してたから」

だってそうしないとみんな着いてこないんだもん


ボールを蹴りながら鬼道は寂しそうに笑った。

俺も、本気でやると泣かれたり怒られたり拗ねられたり、そんなことはしょっちゅうあった。
だから今、本気でぶつかり合う楽しさを実感し、充実感で胸がいっぱいになった。

「ありがとう。俺、こんな上手い奴と戦ったの初めてだ。なんかすごく嬉しい。不動はいいライバルだよ」

そう言った。

「俺もだ」

鬼道が蹴ったボールは勢い余って遠くへ飛んだ。慌てて追いかけるとスーツを着た怪しげなオッサンが立っていて、その顔を見た瞬間鬼道の表情は変わった。

「影山総帥。今日もよろしくお願い致します」

「……こんにちは」

鬼道と違ってしどろもどろにしか挨拶出来なかったが、影山は俺の方を見て

「今のプレーを見ていた。君はどこのチームの子だ?」

そう言うから

「いや、俺チームは入ってなくて……ただ一人で練習してるだけです」

と答えた。

あんなに影山の元でスパルタ特訓を受けていた鬼道と互角に戦った俺の口からそんな言葉が出てきたのは予想外だったのだろう。しばらく黙り込んでいたが

「君の能力も見たい」

と、言った。

それから基礎的な運動能力からはじめとして沢山の事をテストされた。
緊張はしていたが、俺の能力を認めてくれる人がいる。それが何よりも嬉しかった。

テストが終わる頃には昼なり、俺と鬼道は昼食を食べていたが、影山は鬼道の父親に話があると言って二人は応接室に籠ってしまった。

「父さんと総帥は何を話してるんだろ」

「俺に聞かれても……」

「そうだよね、ごめんごめん。あ〜、でもさっきの不動は本当にすごかったね。習ってる訳じゃないんでしょ?サッカー」

「うん、ただ好きなだけで」

「勿体ないな、不動も総帥の元で教われば俺たち最強コンビになれるよ」

初めてライバルが出来た、と喜んでいる鬼道を他所に、俺はあまり喜べなかった。
影山はすごい人らしいのは分かった。だが俺はそれどころではない。
サッカー云々の前にこれからどうやって生きていくかの方がよっぽど重要だ。
家には帰れないから恐らく施設に入れられる。
俺の生まれる前の日本は少子化がずっと続いていたせいで現在の働き手が非常に少ない上、俺たちの世代あたりからまた子どもが増え始めた事により、児童養護施設は働き手と子どものバランスが極端に崩壊していた。
そして厚生労働省が不足する職員を補う為に無理な募集を掛けたせいか、悪質な職員が増え虐待が多発、社会問題になった。詳しいことは知らない当時の俺でも「児童養護施設は地獄」という認識だけはあった。
家に戻れば怪しいおっさんに襲われ、保護されれば施設という名の地獄行き。どっち道悲惨な事にはかわりない。

考えているうちに、自分の未来があまりにも暗すぎて鬼道の話も耳に入ってこなかった。
そんなとき、鬼道の父親と影山がリビングに現れた。

「あ、父さん、総帥と何をお話していたんですか?」

「不動明王君」

鬼道の父親は鬼道の質問には答えず、真剣な顔で俺の方を向く。
昨日のような優しい表情ではなく、自然と体に緊張が走った。

「はい」

「君は……我々鬼道家が引き取ることにした」

「……?えぇーー!?」

思わずすっとんきょうな声を出してしまった。

「え?不動と一緒に暮らせるの?サッカー出来るの?わーい!」

鬼道はまるで自分の事のように喜んでいる。

「君は賢い。そしてサッカーの才能もある。有人は優秀だがそれ故にライバルになる子がいない。君と切磋琢磨する事で有人はより鬼道財閥の跡継ぎにふさわしい、優れた人間になるだろう」

大体こんな感じの事を言っていた。そして、俺の才能を守りたいとも。鬼道が施設出身と聞いたときは驚いたものだ。サッカーは出来る環境ではあるものの、鬼道のいた施設も虐待があったらしく、実際に鬼道も被害にあっていた。
あんな環境では優れた人材を潰してしまう、そう危惧していたらしい。

鬼道の父親が言っていたことは後々理解できた事ばかりだったが、これだけは直感というかなんというか、難しい言葉は分からなかったが何を言われているのかは分かった。


「引き取るにあたって君は将来鬼道有人の右腕になる、有能な人間に育てる。養子にする訳ではないし、跡継ぎは有人だ。どんなことがあっても有人を裏切るな」







手続きは全て鬼道の父親がやった為、戸籍はどうしているのかとか細かいことは知らない。それでも財力も権力もある鬼道家は何でもできるのだろう。
まぁそんなこんなで今に至るわけで、あのとき鬼道が偶然あそこを通らなかったら、俺は男娼になってゲイの野郎に抱かれるオシゴトでもやってたのかと思うと未だに背筋が凍る。成長して、自分がどういう意味で売られたのか知ったときの衝撃は忘れない。
それにしても、我が子を男娼に売り飛ばすなど、俺の母親は正気ではなかった。江戸時代じゃあるまいし、時代錯誤も甚だしい話である。そこまでして借金を返したかったというよりは、単に精神的に追い詰められている状況で、ガキの面倒をみるのすら嫌になったのだろう。
別に今更恨みもしないし顔なんて覚えていない。

けれど、鬼道や鬼道の父親には一生頭が上がらないだろう。

すべてを鬼道優先にするのは嫌ではない、といえば嘘になる。
小さい頃は欲しいものが被れば、誰に何を言われる訳でもなく鬼道に譲った。六年生の時に、生徒会の委員長をやってみたかったが、鬼道が立候補を考えていると聞いてやめてしまった。
今となってはたかがそのくらい、とも思うが小学生で欲しいものやなりたいものを譲るのは結構キツい。
それでも、鬼道家にいることが出来るだけで俺は幸せだった。だから俺は鬼道有人に、そして鬼道家に尽くして生きていく。
欲しいものなんてもう取り合いにはならないし、社長の座なんて特に興味はない。
だから将来的に鬼道を裏切ることはないだろう、俺にはそんな確信があった。



「着いたぞ」

今までの事をぼんやりと思い返していると、鬼道の声で我に返った。今ではすっかり可愛いげのなくなってしまった鬼道財閥跡継ぎの鬼道。
跡継ぎとしての教育を受けていくにつれて、鬼道は口煩くなり常に気を張っているような状態になってしまった。
たまには気ぃ抜けよと言っても「貴様のような居候には俺の気持ちなど分からない」なんて返される。実に可愛いげのない奴だ。最も俺も可愛くはないが……。
同年代の子どもたちより遥かに大人びてしまった鬼道は時々哀れに思えた。

何をそんなに抱え込んでいるのだろうか。

俺自身についても、年相応ではなかったと、成長して認識した。無邪気な時期があまりにも短かった。それでも鬼道よりはマシだったと思う。鬼道は俺以上に大人だ。

しかし鬼道はこれで良かったのだろうか、帝国の、鬼道の父親や影山の教育は正しかったのだろうか。それは一生かけても分からないだろう。
ただ、何事も完璧にこなしていく鬼道を見ていると、どこかものすごく大事ななにかが欠落しているんじゃないかと思えてならなかった。
それが鬼道の人生を狂わしていくのではないかとも。

「おい、何をしている。早くしろ」

俺は重い腰を上げて車から降りた。
長い長いパーティーの始まりだ。







「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -