帝国学園の入学祝いパーティー
くっだらねぇ、そんなのする必要あんのかよ、そう文句を言ったところでどうしようもないのは俺にもよく分かっていたが、それでもつい、不満が口をついて出てしまう。
「そう言うな不動。俺達の為に開かれるものなんだからな」
「んなの建前に決まってんだろ。どーせ大人たちが『これからもわが社をよろしくお願いします』とか何とかやるためにガキ使ってるだけじゃねーか」
「例えそうだとしても、俺達は出席しなければならない。それは居候であるお前にも言えることだ」
「チッ……」
俺は思わず舌打ちをした。
お前は居候
これを言われると俺は何も言い返せない。
今から5年前、俺が7歳の時だった。
父親は会社に利用された挙げ句リストラされて我が家は借金だらけ。母親もストレスでおかしくなり、家は荒れに荒れた。
そんなある日、俺は母親に連れられて、見知らぬマンションにやって来た。
部屋に上がり座るように指示されたので言われた通りにすると母親は俺を抱きしめ
「今からおじさんがここに来るけど、何をされても嫌がったりしちゃ駄目よ」
と言った。訳の分からない俺はどうするでもなく母親の言った事を理解しようとしていると、そんな俺をよそに、母親は
「ごめんね」
そう囁いて出ていってしまった。
追いかけようか迷ったが、その『おじさん』に会わなければいけないのだと思ってしまった俺は大人しく座ったままでいた。
すると知らないおじさんがやって来て、
「君が明王君だね?可愛いね」
と言って頭を撫でた。
しかし今度はいきなり俺の服の中に手を入れようとしてきたので、俺は咄嗟に身を捩ると先程の母親の言った言葉が過った。
『何をされても嫌がったりしちゃ駄目よ』
気付いた時には既に遅く、ソイツは俺を押さえつけた。
「ダメだよ明王君。俺はお母さんにちゃんとお金を払っているんだから」
必死に逃げようとするが小学生の、しかも一年生なんて非力なもので、成人男性の力に勝てる筈もなく俺は床に押し倒された。
この時は何をされるかまでは分からなかったが、自分の身に危機が迫っていることは理解していた。
もうだめだ、そう感じた時、部屋の電話が鳴った。
その瞬間、本当に一瞬、ソイツの意識が電話の音に向いた。
「うわぁぁぁぁ!!」
窮鼠猫を噛むとはまさにこの事ではないだろうか。
俺はありったけの力を振り絞り、サッカーで鍛えた脚力でソイツの顔面に蹴りを入れた。
流石に顔を押さえたおっさんの隙をついて俺は部屋から逃げ出した。
だがおっさんはものすごい形相で追いかけてきて、マンションの敷地を出ようとしたところで再び捕まってしまった。
「おいガキ、なめてんじゃねぇぞ。お前はなぁ、親に売られた哀れな子どもなんだよ」
売られた
その意味が分かったのはもっと後の話。それでも捨てられたことくらいは流石に理解していた。
このあとどうなるんだろう、そんな事を考えていると
「何をしている!!」
子どもの声が聞こえた。
「なんだぁ?このガキ」
「お前、この辺りに現れる不審者だな!誘拐犯は俺が許さない!」
およそ俺と同じくらいの年の子どもだった。しかし私立らしく、お上品な制服が似合ういかにもな『お坊ちゃん』。
するとおっさんはその子どもにも腹が立ったらしく、容赦なく殴った。
「関係ないガキは引っ込んで―――」
おっさんは言い終わる前に倒れた。今度はスーツを着た男がおっさんを殴ったからだ。
「大丈夫ですか有人様」
「ああ、俺は大丈夫」
「この男は後で警察につき出しておきますね」
「よろしく。あ、君は大丈夫?」
有人様、と呼ばれた子どもは、座り込んでしまった俺に手を差し出した。
「ああ、その……ありがとう」
「ううん、悪い奴はやっつけなきゃだからな。あ、俺は鬼道有人。君は?」
「俺は不動明王…」
「有人様、そのお考えは素晴らしいですが、こんな危ない真似は二度としないで下さいね」
「はーい……」
「じゃあ帰りましょうか」
「うん。そうだ!君さ今から俺の家に来ない?」
「えっ?」
「だって今怖い目に遭ったんでしょ?ちょっと俺の家で休んでいきなよ」
突然の誘いに戸惑ったものの、俺は断る理由も見つからず、お言葉に甘える事にした。
*
「すげぇ……」
鬼道の家に来て最初に発した言葉がこれだった。
今までテレビドラマでしか見たことのないようなお屋敷振りに、俺はただただ呆気に取られていた。
「君、一度家に連絡しようか。お父様とお母様が心配するよ」
先程の執事が、親切心から電話を持ってきたが、それはその時の俺にとっては残酷なものでしかなかった。
俺の異変に気が付いた鬼道は心配そうに俺の顔を覗き込む。
「不動?どうしたの?電話しないの?」
「両親は電話には出ないよ……」
「何で?」
「捨てられたから」
「えっ!?」
「俺は捨てられたんだ、だからあんな奴のところに売り飛ばされたんだよ。俺にはもう帰る場所なんかないんだ!」
そう言い切ると、俺の中で認めたくない現実がどっと押し寄せてきて、俺は火がついたように泣き出した。
鬼道も執事も、驚きのあまり言葉を失い黙っているしかなかったようで、泣きわめく俺を
どうすることもできないでいた。
気が付いたら泣きつかれたのもあり俺は眠っていた。
*
「あ、起きた?」
鬼道の声でハッと目を覚ます。窓の外を見ればもう真っ暗だ。
暫くして、鬼道の父親が入って来て俺にこう言った。
「不動明王君だね?大体の事情は聞いた。今日はゆっくりしていきなさい」
そりゃ帰すわけにもいかないだろう。今はそう思うが、この時の俺にとっては命を救われたも同然の気分だった。
「……ありがとうございます」
それから鬼道と夕食をごちそうになり、風呂に入って鬼道の学校の宿題を見ていた。
帝国学園は小学校でも宿題の量はすさまじい。公立小学校の世界しか知らない俺には衝撃的な量であった。
「夏休みの宿題かよ」
「えー、普通だって」
「しかも訳わかんねぇ」
「帝国の勉強は考えさせる問題がすごく多いんだ。だからただ知識があるだけじゃ意味がない。頭の回転が試される……って先生が言ってた」
「へー……」
得意気に語る鬼道であったが、突然鉛筆を走らせていた手が止まった。どうやら難しい問題に当たったらしい。
「……なんだこれ?」
この時、どうして俺に分かったのかは今でも分からない。たまたま頭が良かったのかもしれないが、最早奇跡的なものだった。
「なぁ、これってここをこうすれば……」
俺はそう言いながら問題解いていった。帝国の宿題は学校で出るような退屈な足し算や引き算なんかよりも複雑で面白くて楽しかった。
「で、こうなるんじゃねぇの?」
「本当だ……すごい!不動すごいよ!」
「いやたまたまだって」
それでもすごいすごいと誉めてくるので照れ臭くなるも、自分がそんな難しい問題を解けたのかと思うと嬉しくもあった。
「鬼道、あと一問やってもいいか?」
「いいよー」
するとノック音がし、鬼道の父親が入ってきた。
「有人、先ほど影山さんから連絡があってな、明日の土曜11時にいらっしゃることになった」
「はい、分かりました」
「影山さん?」
俺は帝国の問題集と格闘しながら訊ねた。
「あ、えっとね、サッカーの先生って言えばいいかな。総帥って言うの」
「サッカー……鬼道、サッカーやってんのか?」
「うん、もしかして不動も?」
「ああ!」
「そうなんだ!じゃあ明日、総帥が来るまで一緒にやらない?」
「いいの?やったー!」
今日仲良くなった奴とサッカーが出来る。こんな嬉しいことはない。
二人で喜んでいると鬼道の父は咳払いをした。
「有人、サッカーはやってもいいが加減はするんだぞ。それと宿題は自分でやりなさい。明王君は帝国生じゃないんだから解けるはずないだろう」
「それがさ! 見てよ父さん。これ、俺は解けなかったんだけど不動は解けたんだよ」
流石に鬼道の父親は驚きを隠せなかった。問題集と俺の顔を交互に見て、愕然としていたが、最後に鬼道に自分で解きなさいと言うと部屋から出ていった。