新学期が始まり、FFで無事優勝を納めたサッカー部の部員は皆、誇らしげに登校してきた。
始業式では出場者が全校生徒の前で表彰され、その実績を讃えられる。
嬉しさもあればやっと終わったという安心感もあった。そして、今年も無事勝てた、伝統に泥を塗ることもなく帝国の無敗記録を更新できた。それが何よりもサッカー部員たちを安心させている。
鬼道は賞状を受け取りながらFFのことを振り返っていた。自分のゲームメイクは上手くいったしみんな指示通りに動いてくれた。佐久間と不動が一度険悪になったものの、出来るだけ二人を関わらせないように配慮したため大きな問題もなく終えることができた。それに試合に支障が出るようなことはお互いにしなかったし、同じチームだからといってみんな仲良しこよし、なんてわけにもいかないだろう。そんなことも思ったが、不動が何故あそこまで佐久間を敵視するのかは分からなかった。今まで不動は嫌いなやつとは距離を置くタイプの人間だった。不動は"向こうから突っかかってくる"と言うが不動だって自分から攻撃的なことを言うことだってある。本人に自覚はないのかもしれないが、それでも佐久間にこだわる理由が分からない。聞いたところで"んなことねーよ"と怒るだけのように思えるから問わないが、参謀として優秀な佐久間とどうしても参謀になる必要のあった不動、二人の関係をここだけ切り取って見てみても、不動が佐久間のことをよく思わないのが分かる。そろそろ不動も気付いているはずだ、自分が参謀に向いていないことくらい。
鬼道は不動自身が認識していない不動の適性を何となくは分かっていたが、分かったところでどうしようもないことも知っている。
もしかしたら自分たちは離れていた方がいいのかもしれない、ふとそんなことを思ってしまった。

「これから、生活指導の新島先生からお話があります」

これから新学期が始まるが――なんて月並みの挨拶を聞きながら、鬼道はD組の列に並んでいる不動と佐久間を交互に観察していた。
どこか気だるそうな様子は相変わらずである。後で注意をしようか、なんてどうしても鬼道は考えてしまう。
しかし、もし、いつも当然のように隣にいた不動がどこかへ行ってしまったら、それはそれでとても寂しいような気がした。






この日から合唱コンクールの練習が開始される。第三音楽室に集まったD組は源田の指示を受けていた。

「じゃあ女子は隣の準備室で、男子は廊下でパート練習だ。指揮者伴奏者はそこのピアノの前で合わせ練習」

「はーい」


皆夏休みに譜読みなんてものは終えてしまっているため、音取り練習はない。中には音符が読めなくて苦労した生徒も多かったが、遅れをとってはいけないという気持ちからサボるような者はいなかった。
源田の指示通り音楽室を出ていこうとした生徒たちは、ふざけるなという声に思わず足を止める。
声の主は佐久間だった。
信じられないそんなことあり得ない、そう言いながら佐久間は自分の目の前にいる相手を睨む。だがそう言いたいのは佐久間だけではない。目の前に立ち尽くす不動も呆気にとられている源田も、そしてクラスメイトも皆同じ気持ちだ。

「なんで……なんで不動が指揮者なんだ……」

「うるせぇっ、そっちこそなんで伴奏者になんかなってんだよ」

「おい、お前らお互い自分のパートナーが誰か知らなかったのか?」

源田は慌てて睨み合う二人の間に入る。源田の問いにそうだと答える二人を見て、源田も、クラスメイトも頭を抱えたくなった。

「俺はこんな奴の指揮で弾きたくない」

「じゃあ伴奏者から降りるんだな」

「はぁ?お前がやめろよ指揮者なんて!」

佐久間は、合唱コンクールなんて面倒だって言っていたくせにちゃっかり指揮者になっている不動が気に食わなかった。ただでさえ自分は指揮者と呼吸を合わせるのが難しいのによりにもよって不動とは。毎日目が回るほど忙しい中、なんとか部活と両立させて、一生懸命練習してきたのにこの仕打ちは酷すぎる。
言いたいことは上手く表現できず、ぐるぐると頭の中が混乱してやっと言えたのが指揮者辞めろであった。
しかし不動も佐久間と同じ思いであった。
部活が終わった後は新井のレッスンをちゃんと受けた。おまけに"筋がいい"と新井に気に入られた不動は余計な課題を増やされ、かなりハードなスケジュールとなってしまった。
そんな生活を夏休み中続けていたのに、それに伴奏者を引き受けるなんて偉いななんて思った相手は佐久間だった。おまけに指揮者辞めろとは何様なのだろう、こいつは。

「何で俺が辞めなきゃなんねーんだよ、そんなに嫌ならお前が――」

「不動も佐久間もいい加減にしろ。二人とも今日まで練習してきたんだろ?それを今更辞めるなんてどっちもできるのか?不毛な喧嘩はするな」

見るに見かねた源田が仲介に入り、なんとか口論はやめさせたものの、二人は睨みあったままであった。
クラス中が凍りついたが、こんな争いはまだまだ序の口に過ぎないことをここにいる皆は知らない。






「最悪!」

昼休み、佐久間は少女のような顔を露骨に歪めて不貞腐れていた。

「お前さ、指揮者誰だったか知らなかったのか?」

「知らなかった。まぁ誰かやったんだろうなって思ってたから」

知らないのもそのはずであった。二人とも合唱コンクールについては一言も話していないからだ。一軍レギュラーに選ばれ、ただでさえ先輩からの風当たりが強いのに、指揮者や伴奏者になったと知られれば"部活を蔑ろにしている"だのなんだの難癖をつけられることが目に見えていた。先輩の呼び出しが非常に面倒だということは実力のある一年生は皆知っている。
おまけに二人とも仲良く世間話などしないのだから、同じ部活で毎日顔を合わせていても知るはずがなかった。

「けどこれから二人で合わせていかないといけないんだから喧嘩してる場合じゃないぞ。お前たちがクラスを引っ張るんだから」

「分かってるよ……」

そんなこと源田に言われなくても分かっていた。しかしどうしろと言うのだろう。不動とはこんなにも不仲であるのに心を通わせて一緒に音楽を作らなくてはならない。サッカーで例えるなら不動は司令塔、佐久間は参謀だ。参謀ならいつもやっている。しかし相手が違う。同級生ではあるものの賢く紳士的で、以前から兄のように慕っている鬼道だからこそ自分の才能が発揮されたのだ。これでは演奏どころではない。

「あーあ、指揮者が不動じゃなくて鬼道さんなら良かったのに」

佐久間は水筒の中身を飲み干すと溜め息混じりに呟いた。
そんな佐久間を見て、源田も溜め息をつきたくなってしまった。






俺を含む一年D組全員が感じていた"嫌な予感"はまたまた見事に的中した。
俺と佐久間は練習の度に言い合いとなり、既に全員で合わせているクラスも増えてきたというのにD組だけはいまだに指揮者と伴奏者を入れない練習が続いている。

酷いときは二人仲良く新井先生に呼び出され、「合わせる気もないのに合わせられるわけないでしょ」と説教を喰らい、その帰りにはお前のせいだと口論になってそこから再び罵り合いが始まった。


「過労と心労で死ぬ」

送迎車に乗り込んで出た第一声がこれだった。隣に座っている鬼道は大袈裟なと笑うが大袈裟なものか。

「佐久間はピアノ上手いだろ?俺も小学生のとき聴いたことがある」

「上手けりゃ良いってもんじゃねぇだろうが」

まだ佐久間が下手だったら良かった。それなら文句も言わないだろうから。しかしムカつくことに上手いのだ。俺にピアノの上手い下手が分からなくたって新井先生や周りの奴らの評価を聞けば分かる。誰か下手くそとか言ってやれよ。

指揮者も伴奏者も、そしてクラスメイトも皆プロじゃない。だからこそクラスの団結力とか、指揮者と伴奏者のコンビネーションとか強い結束力が必要。そしてそれが出来たとき、素人でも鑑賞者に感動を与えるような、素晴らしい演奏ができるのよ。

これは一人で音楽室に残っていた日、新井先生に言われた言葉だった。そんなのサッカーだって同じだ。どんなに強い選手がいるチームだってチームワークは大切である。それに司令塔だって参謀がいてこそ司令塔として動くことができる。逆も同じ。お互いがお互いの才能を引き出せるかどうかが重要になるのに、サッカーだろうが合唱だろうがチームの要になる存在が足を引っ張り合っていてはどうしようもない。このまま良いチームを作るなんて不可能だ。

「俺のクラスぜってー負ける」

俺がそう言うと鬼道は不思議そうにしていた。

「お前、あれだけ合唱嫌がってたのに随分やる気あるんだな」

「いや、別に俺はただ――」

「いいじゃないか、何事にもしっかり取り組むことは良いことだ」

勝手に満足している鬼道にムカついて、うるせぇとそっぽを向いた。
こんなトラブルだらけな学校行事の何を楽しめと言うのだろう。
こんなものさっさと終わってしまえと心の底から願った。





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