鬼道有人がようやく中等部に入学した。彼を個人的に育て上げてきて約八年が経とうとしている。
帝国学園サッカー部の監督として全国的にも有名な人物であった影山が、個人指導をするのは初めての事であった。
中学生サッカー界をより素晴らしいものにしていきたいと日々活動してきた影山にとっては、鬼道のような優秀な選手に巡り会えた事は何よりも喜ばしいことである。
あの実力ならプロも目指せたのだがそれは鬼道の父親が許さない。これに限っては仕方のない事というのは予め分かっていたので、少なくともこの三年間は、鬼道有人のサッカープレーヤーとしての能力を最大限引き出してやりたいと思っていた。

影山が鬼道の指導に当たってから二年経ったある日、不動明王という少年に出会う。
初めて見た時こそ、まだ影山の指導を受けていたのもあり鬼道の方が技術が上だったが、影山は確信した。
彼は鬼道にも劣らない能力を持っていると。

鬼道は同年代の子どもより圧倒的に優秀だった。それ故ライバルになる者がいない。不動なら、鬼道と切磋琢磨し、お互いに素晴らしいプレーヤーになるのではないかと感じた影山は鬼道の父親にその旨を伝え、不動を見込んだ鬼道の父親は将来鬼道有人の右腕にするために不動を鬼道家に迎えた。

そこまでは良かった。しかし物事はそう上手くは進まない。

不動は鬼道と似ているのだ。能力の高さも鬼道と互角。そして不動には誰かのサポート役は向いていなかった。鬼道と同様、司令塔としての能力はずば抜けていたものの、鬼道がいる限り不動は司令塔にはなれない。そう、二人は同じチームでいるべきではなかったのだ。
不動が幼い時はそれほど感じなかった。おそらく鬼道と自分にある差を自覚していたのだろう。しかし彼は成長していき、差が縮まっていくに連れて、チーム内でも鬼道のゲームメイクに不満があれば発言するようになり、その際には鬼道と意見が違えた。二人とも間違ってはいないが方針が合わない。そうなればキャプテンの鬼道である意見が採用された。
影山は少々気になっていた。このままでは不動の才能は完全に潰れるのではないかと。そして、鬼道の父親は本当に彼を鬼道の右腕にするつもりなのだろうかと。
しかしどの中学に入れるのかも、会社の未来のことも、鬼道の父親が決めることであり影山には口出しできない範囲である。


「失礼します」

噂をすればなんとやらだ。もっとも、噂をしていたわけではないが、考えていた対象の人間がやって来ると多少は驚く。

「不動か、どうした」

「どうして俺ではないのですか」

不動は佐久間が参謀に選ばれたことに納得がいっていなかった。これではまるで自分が格下じゃないか。そんなの冗談じゃない。直接交渉するなんて情けないことはしたくなかった。それでも、自分が納得できる、正当な理由だけでも聞きたかった。

「そんなの簡単だ。お前が参謀に相応しくないからだ」

「けど、俺は佐久間よりゲームメイクも出来ます。それは総帥もご存知じゃ……」

「では逆に聞くが、お前は自分が参謀に向いていると思うのか?」

「それは――」

不動は何も言い返せなかった。確かに影山の言う通りだ。いくら鬼道のような優れたゲームメイクができたとしても、鬼道をフォローするような役目は全く出来ていなかった。

「お前はまだ自分の適性を知らないだけだ。それが分からないようではまだまだ二流だな」

二流。
その言葉が不動に思いきり突き刺さる。
最後に絞り出すように失礼しましたとだけ言って不動は退室した。

余程不服だったのだろう。影山は苦笑する。いくら帝国にいて大人びているとはいっても不動もまだまだ子どもだ。
恐らく自分の使命であった"鬼道の右腕"という役目を佐久間に取られた事が、彼には相当な焦燥感を与えてしまったのだと影山は思った。
しかし、不動は参謀という役職には向いていない。
だからこそ不動にはこれから先、佐久間をよく見て、参謀とは何か、誰かの右腕になるということはどういうことなのかをしっかり見て欲しかった。それをきちんと見極めた上で、自分はどういう役割が向いているのか、そして鬼道家に貢献するに当たって鬼道有人の右腕になること以外にも、手段がある事に気が付いて欲しかった。

天才ゲームメーカーと言われる鬼道。そんな鬼道を支える、参謀の役割に長けている佐久間。そして時に鬼道を凌ぐ実力をもつ不動。
この三人が帝国学園のサッカー部に、どんな影響を与えてくれるのか、影山は楽しみで仕方なかった。







結局その日はあまり練習に集中出来なかった。佐久間が参謀に選出されたこと、そして影山に二流と言われたこと、この二つは思ったよりも俺に重くのしかかっていた。
部活が終わり、鬼道が来るまで送迎車で待つ。しばらくして、鬼道はやって来たが乗り込んだ早々お説教が始まった。

「不動、今日は練習に集中していなかったな。レギュラーに選ばれた自覚はあるのか」

「……ああ」

「総帥から聞いた。お前、佐久間が参謀なのが納得いかないと総帥のところへ直談判しに行ったんだってな」

くそ、鬼道にはなんでもかんでもペラペラ喋りやがって、あのじじい。
なんてこと口が裂けても言わないが、喉まで出かかっていた。
特に鬼道には知られたくなかった。影山のところへ行ったこと。

「まぁ……上手くは言えないが、あまり変な風に考えるなよ。お前が自分の役目を佐久間に取られて焦る気持ちは分かる。だがそこまで落ち込むことはない」

鬼道にまで本音を悟られているのは悔しいがその通りであった。
"鬼道の右腕"
俺はなんとしてもそれにならなければならない。そうしなければ俺は必要とされないから。鬼道家にいる資格を失うから。
俺を、不動明王を必要としている奴なんか存在しない。鬼道も鬼道家の人間も、鬼道有人の右腕を欲しているのだから。
そんな気持ちは鬼道には分からないだろう。

言いたいことは山ほどあったが、今日はやけに鬼道の機嫌が良い。何故かいつものようにチクチクと腹の立つ説教をしてこない。ご親切にフォローまでして頂いて、まったくありがたい事である。

「後、佐久間と仲良くな。お前も分かってるだろう?あいつの実力は」

「そりゃ多少はよ……」

参謀として、FWとしてなら間違いなく佐久間の実力は認めてやる。認めるんじゃない、認めてやるんだ。
だがあのお高く止まった性格はどうにかならないのか。俺が性格云々に文句をつけるのもどうかとは思う。しかしあんな奴から偉そうに指示なんぞされたら俺はキレるかもしれない。

「先ほどもこれからの方針を話し合ったが、佐久間は賢い。俺の考えもすぐに理解して、スムーズに話が進んだ」

鬼道は満足そうにそう言った。どうやら機嫌が良いのはこのせいか。

「お前さ、佐久間には甘いよな」

「そうか?」

「あんな高飛車な奴のどこが良いんだか……」

「それはお前がそういう風に思っているだけだろ。佐久間は素直で可愛いぞ」

「そりゃあ鬼道はなつかれてるからよぉ」

今度俺に対しての言動を録音して渡してやろうかと思ったが、どうせ鬼道は「お前が悪い」か「佐久間らしくて可愛いじゃないか」しか言わないだろうと思いやめた。

そう言えば鬼道は佐久間の事をよく可愛いと言うが俺からしたらどこが可愛いのかさっぱり分からない。確かに女みたいな顔だしルックスはいい方だが、第一佐久間は男じゃないか。よく分からないが舎弟ならそんなものなのかもしれない。
一瞬良からぬ考えが浮かんだがすぐに頭から消した。
流石にそんなことはないだろう。
その考えはその日の内に忘れた。


このときに、その考えを鬼道に話していれば、もしかしたら誰も傷付くことはなかったんじゃないか

後々になって俺は激しく後悔することになった








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