日々の不自然が、時間をかけて沈澱したのだと進藤は思う。撹拌されて、霧の中のように判然としない視界が、時を経て、澄んでいく。そして徐々に、粘つく沈殿物が姿を表した。
だからその始点は判然としないのだ、と。

進藤は、黒髪の友人が自分を見る視線の、淡い色彩を、知っていた。
小柄で少女のような顔つきの同級生、宮村伊澄。彼の視線は控えめな熱を殊更隠すように、進藤の周りを泳ぐ。しかしそれは、瞠目して観察しなければ、気にも止まらないほどの、淡い、静かな火であった。
その熱に進藤が気づいた原因は、宮村の隣に立つときに、待ちわびていたように上がる顔の、緊張と喜びを孕んだ表情であっただろう。
あるいは、進藤が志望校として片桐の名を上げたとき、ちらりと泳いだ目線の動きであっただろう。 新しい単語を覚えたとたん、その言葉が生活に溢れていると思われる現象を、なんといったか。宮村からの好意に気づいた時から、進藤は宮村の一挙手一投足が恐ろしくてたまらなかった。

宮村の耳たぶの穴に気がついたとき、進藤は笑えなかった。その風穴が、小さな体をしゃくしゃくと蝕む音を、聞いた気がしたのだ。宮村は時々、感情の抜けたような顔をする。その虚ろな表情で、きっと宮村は己の耳に針を突き立てるのだろう。陶磁のように肌の白く、良質な絹糸のような黒い髪の美しい宮村。なぜその美しい体に穴を作らなければならないのか進藤には理解できない。理解できないが、その原因の一端が、己にあると疑わなかった。あの美しい少年の、虚ろな穴、それは己が穿ったのだと、進藤は思っている。
宮村の否定的な自己認識が、そして自分が、宮村を裏へ裏へと向かわせているようで、進藤は恐ろしい。

体に針を通さねばならぬ人生を、その身に帯びる事はないとしても、己の骨ばかりの青白い体に、無根拠の憎悪を覚えることは進藤にもあった。彼もまた、若さに心身を蹂躙される無力な少年の一人であった、ということである。あるときは髪の色を抜き、あるときは安い煙草にむせて、彼は抵抗を試みた。
そしてある時その抵抗は、己の未だ柔らかな蕾のような感情に、無骨に指を這わすという形をとったのかもしれなかった。

宮村の睫毛が驚きに震えるのを、零距離でみて、この鮮やかな映像が、甘やかな吐息が、唇の柔らかな感触が、これから幾度となく己の脳裏に反芻されるのであろうことを、進藤は予感していた。


後日、進藤の進路志望を記入するはずの半紙から片桐高校の名が消えたのには、もちろんいくつか別の理由があったのだが、進藤は思う。
この新たな志望は必ず達せられなければならぬと。彼の言うには大切な友人、宮村のために。

少年よ。その優しさが、お前を刺す針だ!


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