少女はベッドから二本の白い脚を垂らして座っていた。量の多い赤髪が腰までバサバサと伸びていて、彼女の肌の白さと小さな体とを殊更際立てているようである。
少女の挨拶に凍てつくような一瞥で返した男は、部屋の外へ出るように顎で示した。そしてくるりと踵を返し、後ろを伺いもせずに廊下をずかずかと戻って行く。
少女は何も言わずに立ち上がり、裸足の湿った足音をさせて、その後に続いた。ほこりの舞う廊下に小さな足跡が連なっていく。
男が少女を待っていたのは、バスルームだった。
少女はちらりと男を見ると、何も言わずに寝間着を脱ぎはじめた。
顕になった小さな乳房が少し膨らみかけていることに気がついて、男は五年間の時の流れを悟る。
やはり普通の人間より幾分成長が遅いようではあるが、五年前は男の胸までなかった背も、今や肩に届こうというほどである。
男は子どもの、成長の異常な速度を気味悪く思った。
裸の少女は冷え冷えとした朝の空気に少し体を震わせてから、バスルームに入ってきた。そして小さな体を更に小さくして、丸まるようにしゃがみ込む。清潔な蛍光灯の明かりのもとに、白々とした首筋が露わになった。
壁にもたれかかっていた男はそこまで見て、組んでいた腕を解いた。そして、バスタブの淵に置いていた包丁に手をかける。




男は五年間、一人の少女を殺し続けている。




三十分ほどして、少女の家から少し離れた雑木林を、男は歩いていた。少女の亡骸を土に葬る手際も、慣れたものであった。
そういえば、最初の半年はひどいものであったと、男は思いだす。まず一月ほどは、毎朝泣きわめく少女と鬼ごっこに興じなければならなかった。男が家に入ってくる気配で目を覚まして、震えながら身を潜めている少女を家中探すこともあった。カーテンの中、クロゼットの奥、洗濯槽の中と風呂釜。少女の家を端から端まで知り尽くすには十分すぎる遊戯だった。
ある朝などは、少女が包丁を持ってベッドから飛び出して来たこともあった。無論、男も様々の抵抗を想定していたので、手首の腱を狙うような生ぬるい一撃に傷を負う事はなかったのだが。
これから殺されようという人間の行動などというものは、ナイフとフォークの使い方より熟知していると男は思っている。男はかつて、丸三年ほど戦場にいた。殺した人間の数は三桁を超えた所で数えるのをやめている。彼は殺人者として優秀であったのだ。
だから男が寧ろ驚いたのは、幼い手に握られた刃物などではなく、彼女が男を殺そうとしなかったことだった。恐慌状態になった敵兵の恐ろしさを男は知っている。二等兵卒だったころ、手榴弾で腹から下を失った男の銃弾を、太ももに受けたことがある。未熟さと驕りからくる青年期の苦い失敗を、その程度の損失で経験出来たことは彼にとって紛れもない僥倖であったと言えよう。それで男はその後2日間、急拵えの硬いベッドの上で、衛生兵から煙たがられることになったわけだが。
しかし彼の強者たる所以は、その強運にあるのではない。彼は死地において、敵の、そして己の力を誰より的確に測ることができた。それは死への恐怖と、それが与える力を知っているからだと男は思っている。彼の存在は、死の恐怖と殊更強い結び付きを持っているようであった。
己の強さは、死を知っている点にあると彼は信じている。

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