男には習慣があった。五年来の習慣である。
毎朝、空の白味を帯び始める前に、男は目を覚ます。そして、寝ている「同居人」を起こさぬようにベッドから抜け出すと、寝巻きの上に厚手の外套を羽織る。ヨツ釦をとめて、次に向かうのは台所。しかし、昨晩同居人が朝餉のために用意した、冷めたスウプと人参のソテーは、彼の台所へやってきた目的ではない。食事は一人分。彼のために用意されたものはないのだ。
男はシンクの下の収納から、刃渡りの長い包丁を取り出す。料理をしようというのではない。几帳面な仕草で指を滑らせて刃こぼれを確かめると、それを右手に携えて台所を出た。
玄関で革靴を履く。二人が軍を退いた時に、同居人が購入したものだ。洒落た装いなどにはとんと疎い同居人が靴屋で、一番高いものをと言って持ってこさせたのがこの靴だった。軍からの報奨金で、金ばかり余る程あった。男の履き慣れた軍靴は、随分前に捨てられている。
朝靄の、顔に張り付くような冷たさの中を、歩いて行く。五年間欠かすことなく歩いた道だ。
コートの表面がすこし湿っている。
春が近い。



早足で十分ほど歩いていると、家が見えてくる。小さな少女が一人で住んでいる小さな家である。
村人にきけば、その家主の少女は随分前に失踪してしまったのだと言うだろう。しかし、男はその少女に会うために今朝もこうしてやって来た。
男は玄関のドアノブに手をかける。鍵はかかっていない。ドアの鍵が閉ざされぬようになったのは三年ほど前だった、と男は思い出す。
家に入ると勝手知ったる様子で、埃っぽい廊下を進む。狭い廊下の突き当たりには木目の美しい扉があって、そこが少女の寝室であることを、男は知っている。
ぎいと扉を軋ませて部屋にはいると、ベッドに腰をかけている少女と目があった。
「おはよう、軍人さん。」
五年前に失踪したという少女は、その日も寝室で男を待っていた。


(二へ続く)


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