(やさしいはり後のはなし)




蒼ざめた指に僅かに血が絡んでいて、己の行為の惨酷を知る。
あたためようと取り出した手を、握り締めるだけでポケットにしまった。
それは、彼の恋人の血であった。喪失の、血である。


少年期の清らかさや、惨めさや、嫌悪の渦中にある進藤は、様々の苦悩をする少年であった。少年らしい苦悩というのは、大方、少年の身には余る辛苦である。
自己否定という巨大な積圧を痩躯におぶって歩く彼は、無意識の内に、己を裏目に裏目にと導こうとしているように見えた。

泣きたい気持ちでポケットに手をしまって、体を割られるその時でさえ、自分を抱きしめて離さなかったちかを思い出す。進藤は純真無垢の少女を心から哀れに思い、そして憎しみ、唾を吐いた。彼は潔白の人間を、妬ましいと思っている。
どこにも行きたくはないが、あてもない。帰らねばならない。
玄関のドアを開けて、家に入る。リビングを抜けて廊下にでると、自室のドアの隙間から明かりが漏れているのに気がついた。
部屋に入ると、果たして、そこにはベッドに座る宮村がいた。
「何でいんの。」
「おばさんにあげてもらった。」
あ、そう、と努めて平時の口調で、進藤は返した。
こういう時に、この友人が自分の傍にいることは多い、と進藤は思う。それは二人の曖昧な感情のなしえた偶然なのか、そうではないのか。どちらにしろ恐ろしいことあるように思われる。
彼との関係について、語ることはあまりに多い。
「あー疲れた。ごめん、俺今日すぐ寝ちゃうかも。」
「じゃあ、帰るわ。」
宮村は黙って、荷物を纏め始めた。その態度の、それと感じさせない気遣いが、どうにも気に食わない。
「なんで疲れてるか、聞かないの?」
「言いたいのか?」
宮村は、振り返って言った。人の感情を逆なですることもなく、かといって阿ってプライドを傷つけることもない、上等な表情である。
考える間もなく、口から滑りでるように発話していた。
「さっき、無理矢理ちかを犯した。」
一瞬、宮村は表情を変えずにそこに座っていた。二瞬宮村が立ち上がるのが見えて、進藤の視界がガクンとぶれる。よろめいた身体が机にぶつかって、派手な音を立てる。遅れて、左耳から頬にかけて激烈な痛みが襲った。
沈黙が部屋に満ちて、外でバイクが走り去る音が耳に入る。
「殴らない訳にはいかないだろ。ちかちゃんは俺の友達でもあるんだからな。」
頬を抑えながら、進藤は薄く笑う。
「…お前は俺を許さないだろうな、宮村。俺が俺を許さないように。」
「そうやって離れて行って欲しいんだろ。」
進藤は、言葉に詰まった。宮村はすこし間を置いて、続ける。
「今日のことは、許さないよ。絶対に。
でも、ちかちゃんは、お前のことを殴らなかっただろう。
俺が彼女の立場でもそうしただろう。」
進藤は心底絶望したように顔を歪ませた。わからねえよ、と半ば悲鳴のような声で叫ぶ。
「なんでそんなことが言えるんだよ。おまえが一番知っているはずだ。俺の醜さを。」
忘れはしないだろう。俺はお前を突き放した。
「なぜって。お前が、苦しそうだからだよ。」
そう言う宮村の顔があまりに苦しそうだったから、進藤は何をいう事も、できなくなってしまった。

彼女の体から溢れたのは、お前の血だ。そして、お前の血であるが故に、俺の血だ、彼女の血だ。
「逃げるなよ、進藤。」

おまえのつける傷から逃げるな。そして幸福から逃げるな。
私たちは、おまえを愛しているのだから。許しているのだから。





2012.12.23

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