「何やってんですか、あんた」
「アーン?なんだ日吉か」
「質問に答えてください。何やってるんですか」
「観察だ」
「何のです?」
「あいつの」


あいつ、と目で示したのが一つ上の先輩、つまり跡部さんと同級生の男子だった。
その男子、いやA太さんと呼ぼう。A太さんは部活には入っていないが人気者で、下の学年全てにA太さんの人気っぷりは浸透していた。
斯く言う俺もA太さんには好感が持てる。しかしそれはあくまで先輩としてだ。
跡部さんみたいに恋愛感情は持っていない。

跡部さんがA太さんに恋愛感情を持っていると知ったのは半年ほど前の話。
部活終わりの後片付けをしている最中。体育倉庫にボールを運びに行ったときに見てしまった。
跡部さんがA太さんに告白しているのを。もちろん俺様全開で。
しかしその強引さがよかったのか、その日を境にA太さんは跡部さんのことを意識しだした。
付き合ってはいないがあたかもそんな風に見えてしまうのが現状。
きっと両想いなのだろう。もうすぐひっそりだが付き合い始めると予測していた。
その予測した次の日。また同じ状況で見てしまった。いや違うな、今回は後を付けて確信を持とうとした。持ちたかった。この気持ちに終止符を打つために。
告白した同じ場所で、二人はキスしていた。
これでようやくもどかしい気持ちが吹っ切れたはずなのに、何故か涙が止まらなかった。
二人が去るまで俺はその場にうずくまって見つからないように息を殺して泣いた。

数日後、二人は一緒に登校してきた。
なんとなく察せることができたのは俺が二人が付き合っていることを知っているからであって、何も知らない人が見たらただの仲がいい友達だろう。
一線を越えたんだ。もう離れることはない。邪魔はできない。邪魔が、できない。
あんな幸せそうな跡部さんを見てるとすごい悔しくて、情けなかった。
情けない。情けない。自分が情けなくて仕方がない。どうして思いを告げられなかったんだろう。どうして打ち明けなかったんだろう。どうして……。どうして……。
また俺は泣いていた。教室の自席で泣いてしまったからクラスメイトに見られることになった。
どうしたの?とか大丈夫?とか騒ぎ立てるから跡部さんに見られてしまっていた。
それに気付いた俺は恥ずかしくなって、滅多に人が寄り付かないトイレに駆け込んだ。
部活も出るに出れなくなって初めて無断で休んだ。

次の日学校に行くと跡部さんに部室に呼び出された。しかしどこか雰囲気が普段と違う。なんかぴりぴりしているような。
呼び出された理由は明確で、反省書を書かされた。泣いた理由については何も触れてこなかった。
二人きりでドキドキする自分を殴ってやりたいと思いながら書き上げると、跡部さんはすぐに部室を出ていった。
駄目だと自制する声を無視して跡部さんの後をつけると、跡部さんは草陰に隠れ、視線の先にはA太さんがいた。
よく見ると、A太さんと向かい合うように一人の女子生徒がいるのが分かった。
このシチュエーションからして告白だろう。でも残念だったな名も知らぬ女子生徒、A太さんには跡部さんという恋人がいる。
だが、あろうことかA太さんは女子生徒を抱き締めたではないか。
どういうことだと聞き耳をたててみると、どうやら二人は前に付き合っていたらしい。
仲を取り戻したわけか。二人の会話を聞くのを夢中になっていたせいか、跡部さんがいなくなったのに気が付かなかった。

放課後。部活に行こうと誰もいない廊下を歩いていると階段の踊り場に跡部さんがいた。
そして冒頭の台詞を投げかけた。
あいつと目をやった跡部さんに続いて俺も視線を窓の外にやり、A太さんを見た。
すると俺の中の何かがあふれ出た。黒い何かが。俺の口はぺらぺらと喋り出す。


「××先輩ですか。隣にいるのは彼女さんですかね」
「日吉」
「まあ無理もないですね。××先輩は人気者ですから。彼女の一人や二人」
「日吉……ッ」
「まさかとは思いますけど、跡部さん、××先輩のこと好きなんですか」
「日吉ッ!!……もうっ、なんも喋んじゃねえ……っ」


ずるずると壁を背に座り込んだ跡部さん。
肩が震えているのが見て分かる。俯いていて表情は伺えないがきっと泣いているのだろう。
跡部さんの前でしゃがむと彼の名前を呼ぶ。恐る恐る顔を上げた跡部さんの目には涙。
次の瞬間、俺は跡部さんの唇を奪っていた。
何度も角度をかえ、舌を絡め、激しく口づけをする。いつのまにか俺は跡部さんを押し倒していた。
抵抗しているのか、俺の胸を押すが力が弱い。精神が弱っている隙につけ込んだんだ、意識も朦朧としていてもうどうでもよくなっているだろう。
遠くで生徒のものであろう声が聞こえた。
まずい。跡部さんを半ば無理矢理立たせ、腕を引っ張って人目につかないように道を選んで学校の門を出た。
これからどうするのか。俺の頭の中にある選択は一つだけだった。


あの人気者のA太さんに彼女ができたと学園中お祭り騒ぎになった。
彼女ができたっていうよりも、仲が戻ったという方が正しいのではないかと思うが前に付き合っていたことを知っているのは俺と彼らだけ。
まあそんなことはどうでもいい。俺は足早に生徒会室に向かった。
扉をノックし返事が返ってくる前に中に入った。どうせ返事なんて返ってきやしないんだから。
外の音を遮断しているこの部屋は静かで、まるでこの部屋だけ世界から切り取ったかのような錯覚に陥った。
そんな世界にいるのは俺と


「おはようございます、跡部さん」
「んー……。ひよしか……」
「はい、ご気分はどうですか」
「ひよしの顔みたらよくなった」


目をこすりながら寝ていたソファから起き上がると跡部さんは俺に抱き着いてきたかと思うと、そのまままたすうすうと寝息をたてて眠ってしまった。
指の間をするすると通り抜ける髪を梳きながら頭を撫でる。

あの後俺は自分の家に戻り、自室に跡部さんを押し込むと財布だけ持って外に飛び出した。
家に誰かが帰ってくる前に早く戻らなければと急いで家に帰るとリビングで母と跡部さんがお茶をしていた。
跡部君をほって何処行ってたの!と叱られたが見向きもしないで跡部さんの腕を掴み再度自室に押し込んだ。今度は俺も一緒に。
跡部さんが何か言おうとしたが、その前に思い切り抱き締めた。
暫くそのままでいるとこわごわと跡部さんの手が俺の背中に回った。


「日吉」
「なんですか」
「俺は遊ばれただけなのか」
「……」
「なんか言えよ、日吉」
「……そうですね。遊ばれただけです」


肯定したらこの人は壊れてしまうと理解している。俺は躊躇いながらもそう答えた。
背中に回っている手が俺の制服をぎゅっと握りしめ、そうかと呟いた。
これでこの人の恋は終わり。そして今から新しい恋が始まる合図を俺は跡部さんの耳元で囁いた。

"俺は決して貴方を裏切らない"

こんな嘘くさい言葉でも落ちてしまうのが人間というもので、この人も例外ではなかった。
見事にころりと落ちた跡部さんとその日事に及んだ。


「ひよし、ひよし」
「はい、なんですか跡部さん」
「お前は離れんじゃねえぞ」
「もちろんですよ。この印がある限り、俺は絶対貴方から離れたりしません」


印といって指にかけたのが首輪。
俺が跡部さんを自室に置いて急いで買いに行ったものだ。
その首輪は現在跡部さんの首に大人しくはまっている。
この人はもう、俺のものだ。






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A太くんはゲス野郎です。
日吉もゲスです。

タイトルはギリシャ語で悪行・不正・不義という意味らしいです。
後で一部書き直しするかもしれません。

20130406
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