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05
その日の麻谷はいつも通り目を覚ました。つもりだった。
いつも起きる時間、8時15分。今日起きた時間、8時40分。予鈴、8時。十分すぎるぐらい遅刻決定の時間だ。
うるさい叫び声をあげて急いで準備をして家を出た。
「(今日から文化祭の日までは遅刻なしにしようと思ったのに…!)」
もやもやと考えながら全力で通学路を走り抜けた。
忍び込むように学校に入り、足音をたたせることなく階段をのぼっているとき麻谷はふと思った。
こんなに遅刻したならもう文化祭の準備をしよう、と。
くるりと方向転換をして静かに屋上へ向かった。
扉を開けたら綺麗な青空。ここ数日雨が降ってないせいかさっぱりとした空だった。
昨日と同じように給水タンクの横で書こうと梯子を上ると、上からにゅっと手が出てきた。
「ひっ!…ってなんだ及川くんか」
「なんだとは失礼だね。早く掴まりなよ」
「どうも、っとぅわ!」
及川の手を掴むと一気に引き上げられ胸にダイブする形になった。
少しよろめいたがそこは運動部。及川は尻餅をつかずに受け止めた。
「おおー、さすが及川くん!伊達に運動部に入ってないね!」
「そこはもう少し女の子っぽく顔を赤らめるとかないの?」
「私がか!?」
「あ、やっぱいいや」
失礼な奴だと麻谷はむすっとするが、顔を赤らめた自分を想像してこれはないなと頷く。
いつまでも及川にひっついてないで早く文化祭の準備に取り掛かろうと麻谷は離れようとした。しかし、及川は離すどころか逆にきつく抱きしめた。
「ちょ、及川くん?セクハラで訴えるよ?」
「いいじゃんちょっとぐらい。減るもんじゃないでしょ」
「いやいや、勘違いするといけないから早く離しなさいな」
「勘違いって、ナニ?」
うっすらと開けた及川の目に麻谷は少しどきりとした。そして同時に大人しく教室に行けばよかったと後悔もした。
皆の及川の扱いは一部を除いて大体が雑だ。けれど、その一部の人から騒がれているのもわかるぐらい及川は端整な顔立ちをしている。
そんな人に抱き締められたら誰だってどきどきするだろう。
「黙ってないでさ、答えてよ。じゃないと俺も「いい加減に…」へ?」
「しろぉぉぉぉ!!」
ごんっと鈍い音がした。
それは麻谷が及川の顎に向かって頭突きをしたから。見事にクリーンヒットし及川は後ろに倒れた。
ようやく離れた及川を放っておいて、麻谷は急いで屋上から出た。
「いったぁ…ちこちゃんってば石頭ぁ。けどいいものみれたなー」
及川は麻谷が屋上から出るときにちらりと見えた赤い顔を思い出した。
小さく楽しげに笑うと、ごろんと仰向けになる。
からっと晴れた空が及川を笑っているようだった。
「あ、文化祭の準備できなかった…」
嵐の前の嵐
――――――
20140913
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