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07
校内の人気がない場所で麻谷はうずくまっていた。
今すぐにでも戻って謝らないといけない気持ちと、何を言われるか分からない恐怖が相俟って動けなくなっていた。
カタカタと震える体を抑えるように、小さく縮こまる。
「おい」
「っ!」
「こんなとこにいやがったか」
後ろから声をかけられた。
けれど麻谷は振り向こうとはしない。誰なのかは分かっているからだ。
「となり座るぞ」
「……」
「…ったく」
その人物は返事のない麻谷の隣に腰を下ろした。
ぱちんっしゅぼっと音が聞こえたかと思うと、独特のにおいと紫煙がその場に漂う。
「お前、派手にやったなぁ。及川の左頬に見たことないぐらい綺麗なもみじついてたぞ」
やはり未だ痛む右手は気のせいではなかったと麻谷は思う。
クラスメイトを裏切り、人に手をあげてしまった。
またやってしまったと、こんなことじゃ全く成長できていないと下唇を噛む。
「前もあったな、こんなこと。まあ起きたのはここじゃないがな。…千香子、こんなことじゃ戻れないぞ?別に誰か引っ叩いたからじゃない、お前が動かない限り戻れない」
「……ってる」
「あ?」
「わかってる!そんなこと!」
「わかってるやつはこんな場所でうずくまって泣いてねえよ」
はっと手を顔に当てる。指が液体で濡れた。
泣いていたのかと今頃気付く麻谷だが、自覚して少しすっきりしたようにも思った。
「及川から聞いたっつうか無理矢理聞きだしたんだがな、お前抱き締められて顔真っ赤にしたんだってな」
けらけらと麻谷の隣で笑うそれは麻谷にとっては気恥ずかしくて仕方なかった。
麻谷は俯いていた顔を少し上げ、じろりと隣を睨む。
「あいつ顔だけはいいもんなぁ。赤面するのも無理もねえな」
わしゃわしゃと麻谷の頭を撫でる。
吸い殻をマナーだと言って携帯灰皿に潰しながら入れた。
「あとお前はもう少し男慣れしろ。あれっぽっちのことでさっきまでみたいに潰れちまったら、この先やっていけねえぞ?」
「だ、だって…!」
「ふーん、なるほどなぁ。お前及川のこと好きなのか!」
「………うん」
「え、まじか…。冗談で言ったのにまじか。あれはやめとけ、後悔するぞ」
「もうしてる」
「ぶっはははは!及川も災難だなぁ。こんなやつに惚れられるなんてなぁ」
「笑わないで!というかそれ私に失礼!」
先程までのじめじめとした雰囲気はどこにもなく、空と同じようなすっきりとした笑顔が麻谷にあった
麻谷は深く息を吸い、吐く。よしと心の中で呟き、立ち上がって隣にいる人物に手を差し出す。
「もう大丈夫。ありがとねミッチー!」
「ミッチー言うなって」
さんきゅと言って、西崎は麻谷の手をとる。
立ち上がり手を放そうとするが麻谷はぎゅっと西崎の手を握った。
「どした?」
「もう、この手に頼らないようにするから、だから、ちゃんと見ててよね」
「!…もちろん」
それじゃ教室戻るね!と麻谷は校舎の方へ駆けていった。
その後ろ姿を見てから、西崎は自分の手に目をやった。
「あーあ、親離れか」
西崎が空を仰ぐ。真っ青な空に向こうから黒い雲が流れてくるのが見えた。
「一雨くるな…。傘あったっけ」
テルテル坊主を飾りましょ
――――――
20140916
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