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06

文化祭まで残り2週間。
思っていたより時間が早く進み麻谷は焦っていた。予期せぬ感情で予定が大幅に遅れてしまっているのだ。
その理由は分かりきっている。及川徹のせいだと。
あの日から屋上へは行っていない。必ずしも及川がいるとは限らないが、もし出くわしてしまったらどう対応していいのか分からないからだ。
そんな麻谷は休憩時間の教室でぐったりしていた。


「ちこ…大丈夫?」
「うん…だいじょぶ……」
「いやいや見るからに大丈夫じゃないでしょ」
「しっかりしろー!俺達はちゃんと準備進めてるんだぞー!」
「うん、ごめん…」


泣きそうな顔で謝られると、周りも励ますつもりできたのになんだかしょぼくれてしまった。
クラスメイト達は分かっている。原因は分からないが麻谷が何かに困っていることを。
それをなんとかしてあげたいと言う気持ちもある。だが、そこまで踏み込んでもいいのだろうか、余計に沈めてしまったらどうしようなどと考えてしまうとどうもあと一歩が踏み出せない。
麻谷も分かっていた。皆に迷惑をかけていることも、心配をかけていることも。分かっているからこそ自分でなんとかしなくてはと思っている。これ以上進行を止めてはいけない。準備も、自分自身も。


「辛気臭い!!」


突如大きな声が教室中に響いた。


「びっ、くりしたぁ…委員長、あんまり大きな声出さないでよ。心臓が」
「破裂しそうだった?」
「口から出そうだった」
「あっはは!ごめんごめん!…ちこ!」
「え…あ、はい」
「なんでそんな死にそうな顔してんのよ!」
「…ごめん」
「はぁ…。あのね、責めるつもりはないことを前提に聞いてほしい」
「うん…」
「ちこがいないと文化祭の準備は進まない。うちの出し物の要になるんだから。でもその要の本人がこんなだと周りも進まない。一つのことを二つに分けて皆でしてるんだから、そういう自覚を持って」


自覚を持っていなかったわけではない。けど忘れていた。


「……それにね、二つある片方が崩れてたら、もう片方が支えればいい。それは別に二つ分かれてなくても、4月から集まったこのクラスだけど、支え合えばいいんだよ。今は立派な仲間なんだから」


これは麻谷だけでなく、周りにもそう思わせる言葉だった。
シンと静まりかえる中一人の男子、三越が手を挙げた。


「オレさ、2年の頃にベタな話だけど部活でうまくいかなくてやめちまおうって思う時期があったんだよ。そんときに声かけてくれたやつがいてさ、そいつのおかげでオレはまた部活が楽しいって思えるようになったんだけど、反対にそいつがやめちまった。
本当は異変に気付いてたんだ、でもオレ声かけれなくて、今でもずっと後悔してる。
でも次はそういう困ってたり、悲しんでたりするやつがいたら、オレなんかじゃどうにもできないかもしれないけど、声はかけようって思ってた。けど…」
「けど…?」
「怖いんだよ、それに分からない。どうやって声かけていいのかとか、声かけたとしてもそれが余計なことでもっと追い込んじまったりとか、そういうのばっか頭に浮かんできて…。でもよ、さっき気付いたんだ。
こんなんばっか考えてたら助けれるもんも助けれない。お節介でいい、しつこくていい、それで助けれるならなんでもする。できる範囲でだけど、オレはオレを助けてくれたあいつみたいになりたい」


三越の言葉は3組全員の思いを吐きだしたかのように、皆が頷く。
自然と麻谷に視線が集まる。視線の先にいる本人は苦しそうな表情だった。
何か言わなくてはと麻谷の口が開いたり閉じたりするが一向に言葉が出てこない。言いたくても言えない。いたたまれない感情に飲み込まれた麻谷は教室を飛び出してしまった。
これが皆を裏切る行為と分かっていても、麻谷の足は止まらなかった。


前を見ずに走っていると、どすんと誰かにぶつかった。
尻餅をついた麻谷は嫌な予感を感じながら顔を上げる。そこには今会いたくない人ぶっちぎり一位の、及川がいた。
予感が当たってしまった。麻谷は頭の中が真っ白になり、気付けば何かを叫び、何処かに向かって走っていた。じんじんと痛む右手は気のせいだと思い込みながら。




私は一体どうしてしまったのか。このわけのわからない感情を、どうしたらいいのか。

誰か答えをちょうだい。再び歩けるように。


三歩進んで五歩さがる。


――――――
20140915

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