俺の生まれはスラム街。まあ今の時代たいして珍しくはないだろう。
汚らしい街の一角に俺達家族は暮らしていた。
俺に母に姉、それから滅多に帰ってこない父と四人でそれなりに暮らしていた。
別に辛くはなかった。良い子にしてたら父は帰ってきてくれるし、いつか俺が金持ちになって家族全員で幸せに暮らすんだという夢を持っていたから。
そんな夢が、ある日音をたてて崩れ落ちた。

珍しく父が帰ってきた。おかえりと皆で出迎えて、良い子にしてたよって言ったら頭を撫でてもらった。冷たいお風呂に入って、僅かな食事を口にして、夜も更け眠りに落ちたころだった。
ごそりと何かが動く気配がして俺は目を覚ました。


「とうさん……?」
「ああ、お……た、か……」


外で犬が吠えてよく聞き取れない。
腕にちくりとした痛みが走った。なんだろうかと目をこすってよく見ようとしたが、いくらこすっても視界がぼやける。


「だい…じ……ぶだ。すぐ……になる」


頭がガンガンする。割れそうなぐらい痛い。痛みを逃がそうともがいてみる。
何かを蹴った。なんだと晴れない視界で見てみると、姉の顔だった。
ごめんねって言おうとしたのに声が出ない。蹴ったのにどうして姉は何も言わないんだろう。
荒くなっている息なんて気付かずに俺は俯いたままの姉をまた蹴ってしまった。
ころりと転がった。
ああ、痛くてもうだめだ。朦朧とした意識の中で最後に見たのは首だけになった母と姉の姿だった。


ぴちゃりと水が落ちた音がした。
その音に目を覚ますと、そこは知らない場所だった。小さな部屋でドアではなく柵がある。小さいながらに俺は察した。ここは牢屋だと。
ザッザッと地面を擦る音でハッと意識が戻る。
数人の男たちが暗闇の中から現れた。嫌な予感しかしない。
現れたうちの一人が中に入ってきた。鍵はかけられてなかったらしい。
まだ地面に体を預けている俺を抱き起こし、部屋の外に連れ出した。虚ろな目で一人の男を見ると、目が見開かれた。


とうさん……?


とうさん。とうさん。助けて。俺気持ち悪いんだ。すごく気分が悪くて今にも吐いてしまいそうなんだ。
口を開けて声を出そうとするがすっかり乾いた喉では全く声が出ず、口をぱくぱくとするだけだった。
俺は力の入らない体を抱かれたまま、どこかへと連れて行かれた。


俺の嫌な予感はすごくよく当たるらしい。


硬いベッドに寝かされた。硬いのには慣れているから別に構わない。
ただ、ナイフを体に入れられるのは慣れていない。
俺は叫んだ。痛い。痛いよ。助けて。それでもやめてくれない。
終わった頃には俺の体に変化が現れていた。



とうさん。とうさん。助けて。俺気持ちが悪いんだ。傷をつけてもすぐに治るんだ。少し触っただけで岩が粉々になったんだ。すごく気分が悪いんだ。今にも、吐いてしまいそうなぐらい。
気が付いたら辺りは血の海になっていた。
腕が落ちていたり、足首から下が潰れていたり、首が転がっていたり。
とうさん。とうさん。俺良い子にしてるから、帰ってきてくれるよね……?


ねえとうさん、どうして体しかないの?


その日から俺と父の部下との鬼ごっこが始まった。
逃げて捕まえられて、逃げ出して、また捕まえられて。その繰り返しで、いつ終わるんだろうと思ったとき、一瞬意識がなくなった。
意識が戻ると、二度目の血の海を見た。
ああ、これで鬼ごっこはお仕舞い。さようなら。


行く当てのない俺は次から次へと街や国を渡っていった。
そしていくつめかの国、ハルウェイ国で主人と出会ったんだ。
思い出せない名前はもういい。新しい名前をくれた。

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