ハルウェイ国の中心部にはこの国の領主が住んでいる大きな屋敷がある。
使用人を何百人も雇っているがほとんどがハルウェイ国の住民だ。
何故なのか。それは外部の者は好かないという主人の言い分だからだ。
主人は基本人柄がよく、うっかり癖があり、すぐにキレるお人。
矛盾してるって?人なんてその時によって性格が変わるもんさ。
そんな主人に仕えてる俺。一つ言っておくが使用人ではない。奴隷だ。
奴隷としてこの屋敷にいる。でも自分で言うのもなんだがそこらの奴隷とは少し違う。
例えば――


「キリマ!あの野郎を始末してこい!」
「いやっす。めんどい」

「キリマ、足が痛い。おぶれ」
「いやっす。ご主人重いし」

「キリマ!逃げるなキリマ!」
「いやっすよ。鞭とか痛いじゃないっすか」


と、まあこんな感じで奴隷とは思えないぐらいの反論している。
俺は人間だ。人だ。物ではない。だから反論して反抗する。


"俺"は捨て子だった。名前などなくて別にいいやなんて思ってたけど、奴隷として拾ってくれた主人がキリマとつけてくれたとき、俺の中に光が射したんだ。
この人の為に生きていくんだ。この人の為にこの命を捧げるんだ。そう決心すると俺の感情が表に出てきた。
けれど、出てくる感情は辛いものばかりだった。それでも俺はこの人の、主人の為だけに人生全てを捧げるんだと決めたから、必死に我慢した。

ある夜のこと、主人はいつも通り俺に罰を与えていた。何もない寂しい牢屋の中で主人は鞭を振るう。
痛々しい音を聞きながら痛みに必死に耐える。主人の罵声も慣れたものなのでないものに感じれた。けど、ある一言で俺の我慢は爆発した。
プツリと何かが切れる音が聞こえた。気が付くと主人を冷たい床に押し倒して、その上に馬乗りになっていた。
俺は聞いた。俺がいてもご主人様を助けれないの?
主人は言った。そんなことより早くどけ!
俺は聞いた。俺がいてもご主人様を守れないの?
主人は言った。なんなんだお前は!早くどかないか!
俺は言った。ご主人、俺をあんたの為だけに生かしてよ。
抵抗していた主人が静かになった。
主人は小さな声で話し出した。

「私はな、少し後悔しているんだ。何故お前を拾ったんだろう。何故捨てておかなかったんだろう。決してお前が邪魔なわけではないんだよ。奴隷にしたのが失敗だった。せめて使用人にしたらよかったな。だったらこんなお前はこんな痛い思いしなくて済んだのに。……奴隷から解放すればいい話なんだが、そうもいかなくてなぁ。お前が気に入ったと奴隷にほしいと隣国の領主が言うんだ。あいつは本当に非道だ。そんなところに行ってしまえばお前は死んでしまう。しかし解放してしまえばすぐさま隣国行き。使用人にしたいのだが、元奴隷が使用人となれば、お前には悪いがうちの評判が下がってしまう。だからこの手で、楽にしてやろうと思ったんだ。間違っていると思うがこれしか方法が思いつかなくてなぁ……。すまないキリマ、お前がそんなことを思っていてくれてたなんて知らなかったよ。キリマ……死んでくれないか」


言葉が出なかった。主人は俺を守るために鞭を振るっていたなんて。
使用人になれば主人の評判が下がる。解放されれば俺は殺される。主人の奴隷になっていれば主人に殺される。どれがいいかなんて決まっている。


「ご主人、ちょっくら隣国の領主をしめてくるわ」
「なっ!?ま、待てキリマ!」
「大丈夫大丈夫。ご主人の顔に泥は塗らないさ」


俺は両足を繋ぐ鎖を引きちぎると高い位置にある窓に飛びつき、ガラスを割って牢屋から出ていった。後ろから死んでしまうぞ!と叫ぶ主人の声が聞こえたような気がした。


「で!どうなったの!?」
「キリマ兄ちゃん変なとこで止めないでよ!」
「変なとこじゃないだろ。キリがいいところと言え」
「全然よくないよ!ねーえ!つーづーきぃー!」
「続きはまた今度な。俺今から用事あるから」


ええー!と不満の声が俺を囲む。
俺の過去の話をハルウェイ国の子供たちに話していた。いつのまにか大勢の子供が樽に座る俺を囲んでいた。
ふと辺りを見渡すと店の主人や買い物にきた主婦や仕入れをしているお兄さんやお姉さんまでが作業を止めて俺の話を聞いていた。
流石にこのままじゃ用事に出向けないなとヒントをだしてやることにした。


「さて、問題というかヒントというか答えというか。まあとりあえず聞けな。――ご主人の屋敷の使用人の中には大勢の戦闘経験者がいます。俺は今こうして元気に生きています。そして足の鎖もあります。これで分かったろ?」


そういうと大人子供関係なく一度悩むそぶりをするが、だんだんに笑顔になった。
意味が分かったようでなによりなにより。一人の子供の頭を撫でる。


「それじゃ、俺はお仕事に行ってきまーす」


周りからいってらっしゃいと見送られながら、主人に拾われる前と同じような無表情のまま店の林檎を一つかっぱらうと港に向かって走った。
ちなみに鎖は走れるように長めに調整してあります。

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