幸せな日




「幸村!」




卒業式が終わり、体育館を出て校門をくぐる。
これで立海大附属中学校の生徒ではなくなった。
といっても、4月になったらここの高校に入学するからまた戻ってくるんだけど、皆3年間お世話になった校舎と離れるのが寂しいのか、校舎をバックにして仲の良い友達と写真を撮ったりしている。
中には外部を受験する子もいるのか、泣いてる子達もいた。
俺は中学3年間の思い出がめいっぱい詰まった校舎をもう一度改めて見ておきたくて、中に入った。
けれどすぐに出てしまった。
足が自然とある場所に向かう。
やっぱりか、と嬉しさと呆れが混ざった心に苦笑を浮かべた。
足は止まることなく目的地へ進む。

着いた先は思った通り、俺が部長を務めていたテニス部の部室前。
思い出がめいっぱい詰まっていたのは校舎ではなくここだったようだ。
今は誰もいないテニスコートを見渡す。

色々あったなぁ…
真田と一緒に入部して、柳達と出会って、仁王が柳生を連れてきたのには驚いたな…
ああ、後は…赤也…
何処の道場破りだと本気で思ったよ。
倒れたのも……あるわけないと思ってたのが自分の身に起こるだなんてね…。
負けという言葉も覚えとかないと、ね。

そう思い出にひたっていたら、名を呼ばれた。
来た道、左を向けばこちらに歩いてくる真田がいた。


「ここにいたのか」
「真田か…どうした?」
「いや、お前が何処にも見当たらんのでな、探しに来たのだ」
「そうか…」


真田はさっきの俺と同じようにコートを見渡す。
その見渡す目が少し寂しそうな色をしているのは見間違いではないだろう。


「もう、ここで打ち合うことはないのか…」
「そうだね…たまに後輩の様子を見にこようとは思っているけど、試合をすることはもうないな。あ、でもまた赤也に果たし状を付き付けられたら、その時は相手するつもりだよ」
「そうだな。俺も参戦させてもらおう」
「もちろん!あと柳もね!」
「無論だ」


そう言って笑い合う。
一つ楽しみができた。


「ねえ、真田。部室入れないかな…」
「無理、だろうな…きっと鍵が掛かっている」
「んー…でもなぁ……では、少しの希望を持って…!」
「力で抉じ開けるんじゃないぞ」
「しないよそんなこと…多分…」
「……」


神社でお願いをするときみたいにぱんぱんと手を叩き、部室のドアノブを持ち、神経を研ぎ澄ませる…いざ…!







ガチャ



え…?

「まさか…ゆ、幸村ッ!」
「ち、違う!やってないやってない!見てよ!何処もへこんでないし捩れてもいないだろ!?」
「む、そう…だな」
「流石にそんなことしないよ。自信はなかったけど」
「はぁ…で、何故開いたのだ?」
「そんなの知るかよー」


拗ねたように口を尖がらせる。
俺もちょっとやりそうだなって思ったから
ちゃんと握る以外に必要ない力は抜いてやったのに…どうして…


「まぁ、一つ心当たりはあるのだが…」
「本当に?」
「ああ。今までの事を思い出せ。三年生が引退するとき、部室の鍵はどうしてた」
「どうって、次の部長に託し、て…」
「そうだな。では聞く、幸村、現部長は誰だ」
「あ…




赤也ぁああああああああ!!!」
「はぁ…全くあいつは…」


本当だよ!部室の鍵を閉め忘れるなんてどういう神経してんだよ!
…ああいう神経か…。


「後でお仕置きしないとね」
「説教も忘れるな」
「それはお前に任せる」


でもまぁ今回は少し加減してやろう。
中に入れるわけだし。


「おっ邪魔しまーす」
「入るのか…」
「変な人とか悪い人が入ってこないように。入っても悪さできないように、だよ。張っとかないとねぇ」
「傍から見れば俺達が悪い人だぞ」
「大丈夫大丈夫。前部長副部長を見間違える人なんかいないって」


後ろから溜息を吐いた音と扉が閉まる音が聞こえた。
今日は溜息の回数多いな、なんて考えながら毎日、何回も見てきた部室をきょろきょろする。
こんなにじっくりみたのは入部して以来だ
な…
もう来ないと思うと今まで見ていたものがこんなにも違うものに見えるのか。
ロッカーも写真もトロフィーも…全部違う、初めて見たみたい…。


「真田…なんか、寂しいね…」
「…ああ」
「変わっちゃうんだね…」
「ああ…」
「あ、れ……なんでだろっ、式では…泣かなかった、のに…ッ、どうしてっ」


大粒の涙が出てきた。
変わってしまう。無くなってしまう。塗り替えられていく。消えていく。
上に上に重ねられていき、俺達が埋まっていく。
何重にもなって潰れていく。
常勝を潰してしまった。威厳が、畏れが、何もかも…消えた。
泣き出すと今までの負が頭の中に蘇ってきた。
忘れてたわけじゃない。ちゃんと受け入れたはずなのに…


「ど、しよ…とま…ない…っ」
「幸村…」


俯き手で涙を拭う。
突然腕を引かれ、視界に真田が映った。
両頬に手を添えられ互いの目が合う。


「いいか幸村、良く聞け。変わる事は悪い事ではない、恐れる事もない。変わるのが当たり前なんだ。変わらなければ前に進まないだろう」
「で、もっ…消え、て、しまう…ッ」
「消えはしない。薄れはあるだろう…だが、消える事はない。俺達の記憶に刻み込まれている。戦った相手の記憶に残っている。雑誌や写真、データも記録となる。それに、今まで使ってきたラケットが誰よりも、何よりも一番覚えている。だから変わっても、消える事はないんだ」


ラケット…。

何個も壊れた。ガットなんて何百回切れたか…。
壊れたラケットだけど、壊れるぐらい頑張った証を捨てるのが嫌で、部屋に置いていた。
けど、ある日帰ったらなくなっていて、母さんに聞いたら部屋にあっても邪魔だろうから倉庫に入れたって。
倉庫に行ってみると確かにあった。けど、奥の高い位置にあっておまけに僅かだけど埃も被っていたから取り出すのを止めたんだっけ…。
まだあるかな…俺の…消えない証…。


「変わっても…いいのか…?」
「ああ」
「変わったら…このテニス部も、強くなる…?」
「きっとな」
「そ、か…」


安心して頬が緩み今度は涙が出てきた。
何故こうもこいつの言葉は安心できるのか。
ずっと一緒にいて、一番信用し、信頼してるから…?
ううん、それだけじゃない気がする…いや、気じゃないか。
既に確信している、だな。


「ゆ、幸村…頼むから泣きやんでくれないか…?」


お前に泣かれると悲しくなる、と小さな声で呟く。
頬に手を添えたまま親指で目尻の涙を拭う。
それは大事なものを扱うときみたいにすごく優しくて、少しくすぐったい。

ねえ、拭ってくれるのはいいんだけど、


「何時までこの体勢でいるんだい?」


この体勢。さっきも言った通り頬に手を添えている。
しかもやけに顔が近い。


「あ、ああ…すまん」


離れようとする真田の右手の甲を自分の左手で握り、右手で胸当たりのシャツを掴み、引き寄せる。
さっきより近くなった。俺の拳一つ分の距離。


「離れていいとは言っていないだろう?」
「し、しかしだな…」


離れようと後ろに下がっても俺がシャツを掴んでいるから距離は変わらず真田は後ろに、俺は前に進む。
俺が迫っていってるようだ。
背が壁に着いた。
抵抗を少なくする為に真田の足の間に自分の足を入れ、互いの足を挟むような体勢にした。
体のほとんどが密着してる状態だ。
これで逃げれまい。ニヤっと口角を上げる。悪い顔してるだろうなぁ。


「ゆき、むら…一体どうしたのだ。離してくれないか?」
「どうして?俺のことが嫌いなのかい?」
「そういうわけでは、ないのだが…この体勢は…」
「興奮する?」


カッと顔を赤く染める。
なんて判りやすい反応をしてくれるんだ。
もっとよく見ようと帽子を取ろうとしたが、両手が塞がっている。
どうしようかな…

あ…いい方法があるじゃないか。
思いつくとすぐに行動にでた。




腕を首に回し、抱き着くという行動に。


「な!?幸村何を!?」
「だって両手塞がってるから帽子取れないんだもん。ふふっ、帽子取ーったー」


取ったそれを持ったまま、再度両腕を首に回し抱き着いた。
やはり帽子がないほうがもっとよく判る。
真っ赤な顔に俺の行動に戸惑う瞳。
至近距離で俺のこと見て行動に戸惑って、そんな反応するってことはそう思ってるってことでいいんだよね。


「真田さあー、さっき変わってもいいって言ったよね?」
「う、うむ。言ったな」
「じゃあ、変わろうか」
「なにを…」


真田と俺の唇を合わせた。

何もない、シンプルな口付け。
短くもなく、長くもないタイミングでそっと離れた。
口付けた相手を見ると驚いて目を見開き放心していた。
それがおかしくてふふっと笑うと意識が戻ってきたらしい。
けれどまだ状況を把握しきれていないのか
あ、とか、う、とか訳の判らない言葉ばかり発する。
そしてずるずると床に座りこんだ。
同じ目線になるように俺もしゃがむ。


「大丈夫かい?弦一郎」
「あ、あ…大丈夫だ。……弦一郎?」
「うん、呼んじゃだめかな?」
「構わない…。だが、いきなりく、口付けたのは…」
「変わろうって言っただろ?変わりたいんだ…お前との、真田弦一郎と幸村精市の関係を」
「何…?」
「幼馴染から、…恋人に、変わりたいんだ」


さっきは弦一郎からだったけど、今回は俺から目を合わせた。真っ直ぐに、想いが伝わるように。
すると、今日はする回数多いな、なんて思っていた溜息を今また一つ吐いた。
溜息?どうして?俺の想いと一緒だと思っていたのに。もしかして違ってた?……嫌われた…?


「俺は…て、おい!何故泣く!」
「きら…われた…」
「まだ答えていないと言うのに何故そうなる!」
「だ、て…ためい、き…」
「…そういうつもりで吐いた訳じゃないんだ。今日の溜息はほとんど自分への不甲斐なさだ」
「?」
「俺も思っていたのだ。今日、お前との関係を変えようと」
「え…じゃあ…」

「好きだ、精市」


その言葉を聞いたと同時に俺は弦一郎に抱き着いた。
胸に顔を埋め、背中に腕を回し力いっぱい抱き着く。
優しく、けれど強く抱き返してくれる腕、その中にいるのはとても安心できて、嬉しさで涙が止まらない。


「うれしい…大好き、弦一郎」
「俺も好きだ」
「…好きだけなの?」
「む……あ、愛している、精市」


耳元で言うだなんて…っ。
一つ文句を言ってやろうと胸に埋めていた顔をちらりと上げると目が合った。
愛おしさが込み上げてきたのはお互いにだった。

どちらからともなく、恋人になって初めての口付けをした。








外に出ると青かった空が赤くなっていた。
さっきの弦一郎みたいだなーなんて思ってたら右手に何かが触れた。
見ると左手に繋がれていた。誰かなんて見なくても判る。


「こうやって手を繋げるなんて嬉しいよ」
「俺もだ」


互いの指を絡め、所謂恋人繋ぎにする。
二人とも顔が赤い。夕日の所為じゃなく、本当に赤い。
そのまま帰る為に校門に向かう。


「…何処にも見当たらないから探していたと、言っただろう」
「あ、あ…そういえば言ってたね」
「すまんがあれは嘘だ」
「へ?」
「お前はきっと一人で部室に行くと思っていたからな。後を付けさせてもらった。…告白をする為にな。あと、これを渡そうと」


ブレザーの内ポケットから小さな袋を出し、こちらに差し出した。


「これは…」
「お前が前に言ってた花の種だ。欲しかったのだろう?」
「う、うん。でもどうして…」
「どうしてって…今日、誕生日だろう?」
「あ、」
「忘れてたのか…」


全く自分の事ぐらい覚えておけ、と言われたがそんなこと構ってられず飛び付いた。
いきなりだったけどちゃんと落ちないように支えてくれたのがまた嬉しくて…。


「じゃ、このまま帰ろう」
「ひ、姫抱きのままでか…?」
「うん。でも流石に公衆の場では恥ずかしいから校門まででいいよ。お誕生日様と、…最後の部長命令」
「!…イエッサー」
「それと、初の恋人命令」
「りょ、了解した」


呆れたような笑みを浮かべた。
けれど、すぐに微笑みに変わる。


「精市、誕生日おめでとう」
「ありがとう、弦一郎」





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20120305





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