▼ 水籠りて届かぬ

ほら、ほら、まただ。

やめてって言ったのに…どうして……。



冬は日が暮れるのが早い。
そういう理由で学校全体の部活終了時間が早くなる。
何時もはもう少しで完全に見えなくなる夕日を横目で見て校門を出るのだが今日はそれがない。
部活の途中で雨が降り出し、帰る時間帯が同じでも雨雲に覆われてしまっているのだ。ちょっと残念…。
冬場の雨は何時もより冷え込む。早く帰ろうと傘を差し、校門を出ると同時に横から声がした。


「ゆっきむらー!一緒にかーえろ!」
「須藤…待っててくれたのかな?」
「もっちろん!大好きな幸村の為なら何時間……いや、何日だろうと待ってるよ!」


だから褒めて!撫でて!抱き締めて!というように傘を持っていない方の手を広げ目をキラキラさせしっぽをぶんぶんと振る。もちろんしっぽは例えだよ。
そんな目に弱い俺はしょうがないと撫でてやった。


「抱き締めるのはなし…?」
「うん、なし。おあずけ。してはいけないことを須藤はしてしまったからね」
「オレなんかしたっけ?」


首をこてんと傾げる。
本当に心当たりがないようだ。


「……歩きながら話そうか」
「はーい…」


思い出そうとしているのか、歩くのが遅い。
後ろからなんしたっけ?んー、なんだろ、と小さな声が聞こえてくる。
須藤は物覚えが悪いっていうか頭が空っぽっていうか…そんなんだからおあずけされるんだよ。
いい加減何回も言ってるんだから、覚えなよ。
雨雲のせいもあり辺りは暗くなっていた。


「思い出したかい?」
「ううん、全然だめ」
「…はぁ……。仕方ない。ヒントをあげよう」
「お、まじで!幸村優し!」
「全く……。ヒントは俺との"約束"」


声が冷たく響いた。
何かが落ちたような音がしてくるりと振り返ると、持ち手が天に向いている傘と顔を真っ青にして棒の様に立っている須藤がいた。
やってしまったと言わんばかりに目を泳がせている。
自分のしたことを思い出したようだ。


「今度は、分かったよね?」


目を細めて冷ややかな目で睨むように言うと
はい、と俺じゃないと聞こえないぐらいの声で返事をした。
もう少し早く思い出していたらこんな思いしないで済んだのにね。もっと言えば自力でだったら許してやったのに…。


「君は何回言えば分かるのかな?」
「ごめ…なさ……」
「はいじゃあ自分のしたこと、言ってみようか」


さっきとは打って変わって、にこりと笑顔で問う。
そうすると須藤はもっと顔色を悪くさせ、今にも倒れてしまうんじゃないかと思うぐらい足をがくがくと震わせていた。


「あ、…えと…と、もだちの前で…たくさ、幸村の、はなしした…こと…」
「それから?」
「っ…がっこうで…はなしかけて、抱きついた、こと」
「そうだね」
「……っ」


そこまで言うと須藤は黙ってしまった。
足だけじゃなく体全体を震わせ俯いた。
道の真ん中で何してるんだと思っても今は動けない。
全部言うまで動くことは許さない。


「で?まだあるでしょ」
「う……」
「早く言いなよ」
「…っ、おんなのこと、…はぁッ……ゆきむらの…ともだちと、…はなした、こと……」


別に女はいいんだよ。正直どうでもいい。
一番問題なのは俺の友達…テニス部レギュラーと話したこと。
どうして話してはだめなのか、その理由をこいつは知らない。

ま、教える気もないんだけどね。


「よくできました。でも、許さないよ」
「なん、で…」


はぁ、と一つ溜息を吐き須藤のネクタイを掴み強く引く。
鼻同士が付きそうなぐらい近づいた。


「これで俺との約束を破るのは何回目?」
「え、と…6回?」
「36回だ」


胸を強く押す。一緒に掴んでいたネクタイも放すと支えがなくなりそのまま後ろの壁に背中を打ち付けた。
衝撃と痛みで体に力が入らない須藤は壁に背を付けたままずるずると座り込む。
そんな須藤のネクタイをもう一度掴む。
長時間ではないが傘を差さずいたのでネクタイも髪も全てびしょ濡れだ。
そういう俺も須藤を押したのと同時に傘を放ったので少し濡れている。
二人雨の中傘も差さずにびしょ濡れで一人は座り込み脱力していて、もう一人はしゃがんで座り込んでいるやつのネクタイを掴んでいる。
なんと異様な光景か。通りすがりの人が見たら間違いなく俺が悪者に見えるだろう。
しかし実際悪いのは須藤であって俺じゃない。


「本当に何回俺以外のテニス部レギュラーと話してはだめだって言えばいいのかなぁ?」
「ご、め…」
「謝るんだったら最初からするな!」


びくりと肩を揺らしたのが見えた。
須藤の怯えている目にも俺は弱いが、今は甘やかす気なんてない。


「ねえ、須藤?いけないことしたんだからお仕置きしなきゃ、だよねぇ?」
「おし…おき…?」
「そう。何回言っても聞かない須藤に俺がお仕置きするの」
「ひ…いや、だ……っ」


俺はしゃがんでいる状態から膝立ちに変えて須藤の肩に手を置く。そこから首、頬、耳へと撫で上げる。
こめかみあたりの濡れている髪を緩く梳いて顔を近づける。ネクタイは持ったままだ。


「おしおき…やだぁ…っ」
「ふふっ、大丈夫だよ。痛いことはしない」

痛いことは、ね。

そう囁くと軽く唇にキスをした。
それに驚きぽかんとアホ面をしている須藤の太ももの上を膝立ちのまま跨ぐ。
少し俺の方が高くなったのを確認して上から覆いかぶすように深いキスをする。


「んぅっ…ゆきっ、やめ…っ、は、んん……」
「はぁ…んっ…、ちゅっ」
「…っは、あぁ…っ、んちゅっ…や、…ゆきっ…くるし…っ」


苦しい?よかった。
このお仕置きは苦しくさせるのが目的だからね。ちゃんと果たせそうだ。
でもおかしい。この前息の仕方教えたはずなのに…。


「んんっ…やだ…っ、あめっ、はんぅ…、や、だぁ…っ」


学校を出たときよりも激しくなっている雨は横殴りに降っていた。
打ち付ける雨のせいで息がしづらいらしい。
俺は覆いかぶさっているので全然分からなかった。
丁度いい。このまま…


「須藤…っ、んっちゅ、好きなんだ、須藤っ…」
「んぁ…っ、はぁっ、んんぅっ、ゆ、き…っ」
「はっ、ん…っ、離れないで…っ、何処にも…ッ行くな…んむ…っ」
「ゆきむッ…は、あ…ちゅっ…おれっ……ん、うぅ……」
「渡すものか…っ、誰にも…っ、ん……はぁ…っ………っ須藤…?」


返事がない。


「気絶…したのか……」


力のない体を引寄せ、抱き締める。
なあ、須藤…俺の気持ちは届いた?大好きなんだ。誰よりも、何よりも、大好きなんだ。愛してるんだ。
なのに、こんなに愛してやってるのに、お前は平気で他のとこに行こうとするから…。


「愛してるよ、縁……」


俺も、と呟いた声は、雨でかき消された。




−−−−−−
一応ヤンデレです。
20120802

「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -