▼ 彼は健在なり

『どちらさまですか?』


ジャーファルさんが言ったこの言葉がずっと頭の中でループしている。何をしていても離れないから、今はもうそれだけしか考えなくなった。
数年前に与えられてから使い続けている部屋にあるベッドに寝転がって天井をじっと見つめる。
この部屋は何一つ変わっていないのに、周囲は変わってしまった。
ジャーファルさん、あなたの中の俺はどこにいったんですか?いや、本当は最初からいなかったのかもしれない。俺が見てくれていると勘違いしていただけかもしれない。


「――え?」
「どうした?ジャーファル」
「今……いえ、なんでもないです。気を散らしてしまってすみません」
「構わないさ」
「恐れ入ります。……シン」
「ん?なんだ?」
「あなたに謝らなければいけないことがあるんです」


ばたばたと急ぐ足音が廊下に響く。
その足音を鳴らしているシンドバッドは目的の部屋を見つけると勢いよく扉を開けた。


「エニシ!いるか!?」


部屋の中は静かで、誰もいない。
シンドバッドはチッと舌打ちするとすぐに何処かへ駆けていった。
鍛練場、中庭、木の上、食堂、エニシがいきそうな場所に全て行ったが、その姿が現すことはなかった。


「何処に行ったんだ……エニシ……!」




『俺に謝る?俺はお前にこんなに仕事を溜めていたことを謝りたいが……』
『いや、まあそれは謝っていただきますけど、先に私の話を聞いてください』
『いいだろう。なんだ?』
『数日前に、聞きましたよね。エニシという男を知っているか、と』
『……ああ』
『実は、知っているんです』
『本当か!?』
『はい。知っているというか、知り過ぎているというか……』
『どういうことだ?』
『エニシは俺の昔の仲間であり』


初恋の人でした。


『……!』
『お、男が男を好きになるなんておかしいかもしれませんけど、私は好きなんです!好き、だったんです』
『だった……?』
『エニシは……』
『………』
『俺が、殺したんです。ただ最近になって何故かよくエニシの声が聞こえるようになって……シン!?』


その瞬間シンドバッドは部屋から飛び出し、エニシの部屋に向かったのである。
しかしいなかった。どこにも。
シンドバッドはもしかしたら入れ違いになっているのかもしれないと思い、もう一度エニシの部屋に戻った。


「エニシ……。お前は何処に行ったんだ……」


さっきと全く同じで誰もいない。
ふと、シンドバッドは机に置かれた一つの便せんを見つけた。
そこに綴られた内容を頭に叩き込むとその場で便せんを焼き払い、ジャーファルがいる執務室へ戻った。
戻るとジャーファルは先程と同じ、書類整理をしていた。
横に立つと、おかえりなさいと俺に声をかけた。


「ジャーファルよ、よく聞け」
「?はい」
「エニシはここ5年程、このシンドリアにいた」
「う、嘘でしょう……?」
「だがな、ある理由でもういなくなってしまったよ」
「っ、ある理由?」
「これはエニシからの伝言だ。――ジャーファルさんの中に俺がいない。見えなくては意味がない、存在する理由がない。だから俺はここから出るよ。今まで世話になった。この手紙は焼いて無きものにしてくれ。……以上だ」
「本当に、エニシなんですか?」
「ああ、きっと俺とお前が知るエニシは同一人物だろう。ジャーファル」
「……はい」
「今日はもう休んでいいぞ。町でも海でも何処へでも好きなところに行くといい」
「シン……?」
「まだ、遠くには行っていないだろう」


すみません、とジャーファルは一言そう言い残し、部屋から駆け足で出ていった。
廊下を抜け、門をくぐり、小舟を出した。
海の四方を見渡すも、どこにもそれらしい船は確認できない。
ジャーファルは流さぬと決めた涙をこらえながら、船を進めた。


「エニシっ、エニシッ!どこだ!エニシ!」


汗をぬぐい、周りに視線を動かすがやはり見当たらない。
もうどこか国に着いてしまったのだろうかとジャーファルは挫けそうになりながらも、船を漕ぐ。


「エニシ……っ、ごめんな、殺しちまってッ、ごめんなぁッ!」
「なに、そんなこと気にしてたの?」
「っエニシ!?」
「うん、俺。エニシ」
「本当に、エニシだ……」
「俺の偽物なんかいるもんか。――お別れ言いに来た」
「お、わか、れ……?」
「うん、お別れ。もうそろそろいかなくちゃいけない」
「どこへ……」
「あの世だ」


そういうと、エニシの体が透け始めた。


「もう時間かぁ。最後に二人きりになれてよかったよ。ありがとうな、追いかけて来てくれて」
「なんで、なんで俺の中にお前の記憶がないんだよ!シンにはあるのに!なんでっ!」
「それは俺が消したから。でも少し後悔した。消したらいこうと思ってたのに、未練たらたらでずっとジャーファルの側にいたんだ。まあ、幽霊みたいなもんだな」
「でも、シンには見えてっ」
「あの人は別だろ。ジンを7つも持ってたらそら俺みたいな亡者も見えるっしょ。ってのは冗談で、たまたまじゃない?」
「……エニシ」
「ん?」
「好きだ。ずっと好きだった」
「!、ありがとう。俺も好きだよ。ずっとずっと」


消えゆく体でエニシは最後にジャーファルを抱き締めると、完全に姿を消した。
だが、ジャーファルにはエニシが抱き締めたぬくもりが残っていたという。



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腑に落ちないところもあると思いますがこれで完結となります。
20130606

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