▼ フラれ惚れられ

あのさぁ、ほんとしつこいんですけど。

彼女から発せられた言葉が胸を突く。
心というのは案外、いや案の定脆いものだ。たったの一文だけで俺の心はぼろぼろになった。

俺は彼女に告白した。そして、フラれた。
彼女には他に好きな奴がいるんだということをフラれてから知った。
そんな彼女に告白した俺はかなり勇者じゃないだろうかと自賛したが、むなしいだけだった。
フラれてもなお、無意識の内に目で追っていた。ずっと見ていたならば目が合うことは多いだろう。
その多さが彼女を不快にしてしまった。
突然呼び出され、しつこいと言われ、舌打ちされて彼女は去って行った。
背後で砂をこする音が聞こえた。


「フラれた挙句舌打ちされたのぅ」
「うるさい仁王。彼女に好かれてるからっていい気になるなよ」
「別にいい気にはなっとらん。むしろ不愉快じゃ」
「俺を前にしてよくそんなこと言えるな」
「そう怒りなさんな。全く、あんな女のどこがええんじゃ」


気が付けば、俺が仁王の胸ぐらを掴んでいた。
至近距離で見て改めてこいつの顔の良さを実感した。腹立たしい。
仁王は余裕の笑みを浮かべていて、切羽詰まった俺とは正反対だ。


「そんなにあの女が好きか?」
「当たり前だろ」
「フラれたのにか?」
「ああ」
「羨ましいのぉ」
「……なにが」


おまえさんに好かれとることが。

全身に鳥肌が立ち、瞬時に手を離して仁王から距離を取った。
嫌な、それも相当悪い予感がする。予感というかもうほぼ確信に近い。
こいつは……


「なあ縁。慰めちゃろか?」


俺のことが好きなんだ。

足を大きく開いていつでも逃げられるような体勢でいたのに、一瞬で俺の首に仁王の腕が回り抱き着かれた。
振り払って逃げてしまいたい。けれど、獲物を捕らえたような獣の目をする仁王がそれをさせない。
足がすくんでピクリとも動かない俺をいいことに、仁王が顔を近づけた。
仁王の舌がぬるりと俺の唇を割り込んで中に入ってくる。
散々中を荒らしたかと思うと、次は食んだりねっとりと舌と舌を絡めたり、吸い付いてきたりと俺を味わうかのようにゆっくり口付ける。
おもちゃのように遊ばれている俺はというと、何もできずにされるがままとなっていた。
頭がくらくらとし、視界がぶれてきた。
それが分かったのか仁王がそっと俺から離れた。


「なんじゃ、もうギブアップか。かわええの縁は」
「うる、っさい……!」
「かわええのぉ、かわええのぉ。ほんま、食べてしまいたいぐらいじゃ」


迫る仁王から逃げようと後ずさりをするが、ちょうど後ろにあった木が邪魔してこれ以上は逃げられない。
俺より少し身長の低い仁王は俺を見上げ、両手を俺の頬に当てる。動いたら殺すとでも言いそうな雰囲気で俺はまた動けなくなった。


「かわええ俺の縁。もうあんな女なんか気にさせん、俺だけ見ときんしゃい」
「だ、れが……」
「……苦しくないんか?」


その言葉にどきりと胸が鳴る。
狼狽え始めた俺に、仁王は僅かに口角を上げた。
しかしそんな仁王など目に入らず、俺は彼女と仁王の言葉だけが頭の中を支配していた。
苦しい?苦しい。苦しいさ。彼女のことは小学校低学年のころから好きだったんだ。ずっとずっと今までずっと好きだったんだ。けれど俺の思いは報われなかった。悲しい。苦しい。痛い。いつしか彼女への思いは義務化していた。好きでなければならない。好きでいなくちゃいけない。誰だったらこの義務とされた思いを断ち切れる?誰だ。誰。だれ……。


「俺じゃ無理かの?」
「あんなことしておいて、今更それを言うか」
「恥ずかしかったナリ」
「嘘吐け。ずっと俺のこと食うような目で見てたくせに」
「なんじゃ、ばれとったのか」
「俺が彼女ばかりみてると思うなよ」
「それは俺のことも見とってくれたと思っていいんじゃな?」
「……好きにしろ」


満面の笑みではないが、周りにぱっと花が咲いたような仁王の笑顔に俺も微笑みを返した。

数日後、最近仁王と仲がいいと噂されている俺に近づいてきた彼女は、俺と付き合いたいと言い出した。少し前の俺だったら即OKしていたはずだが今の俺は違う。大切な人がいるんだ。そう言うと彼女は真っ赤な顔をして去って行った。


「縁は罪な男じゃの」
「嫌か?」
「まさか。むしろ大好きぜよ」
「それはよかった」



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20130419

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