▼ 伝えるもの

昼下がりの煌帝国の王宮は少しざわめきがあるが、心地いい雰囲気を纏って佇んでいた。

とある一室には、地位がそれなりに高い者から、それなりに低い者がいる。
そのお陰でこの部屋の中では上下関係というのもはほとんどなく、緩い空気の中、気を張らずに、ほど良い緊張感で仕事ができるのだ。
そんな今日も、家臣達はいつもの様に仕事につこうとしたのだが、思いがけない"お方"が訪問したことによってほど良い緊張感は消え、緩い空気は最初からなかったかのような神経を張り詰めた空気になった。
その"お方"というのも、見掛ければ誰もが頭を垂れ、道を開ける
煌帝国の神官、ジュダルだった。

そんな方がどうしてここに、と言うことも許されないような雰囲気の中、向かう先は一人の家臣の元。
せっせと書類の整理をしていたその家臣は周りの変化を感じ取ったのか、顔を上げこちらに向かってくるジュダルに気付く。
神官の存在に慌てふためき書類をばらまく…ということはなく、眉間に皺を寄せ目つきを鋭くさせ相手を睨む。
そんなことしたら殺されるぞ…!家臣達の心が一つになった瞬間だった。


「何しに来たんですか。神官様」
「そのめんどくせえ喋り方やめろ。そしたら来た理由、話してやる」
「来た理由を今話してくださればこの喋り方はやめます」
「チッ」

「暇だ。構え」

それを聞くと一つ溜息を吐き、席を立つ。


「全く……。すみませんが少し出てきます。――ジュダル、着いてこい」


神官様に着いてきてくれと言えるぐらいの地位だったか…。ここでも家臣達の心は一つになった。
ジュダルと話してた家臣は十人中十人が口を揃えて「地位?あー…まあ高い方じゃね?」と答えるぐらいの中々の位を持つ、名は縁という。しかし、そんな縁でも神官相手に名前で呼び、着いてこいなどと命令できる立場ではない。
終わったな、あいつ…。今日はやけに家臣達の心が一つになる日だ。



ジュダルが連れてこられたのは人気のない王宮の端。
簡単に説明をすると廊下と中庭の境目に柱が王宮を支えるように何本も立っていて、木と池がある。木は茂っていて辺りは影で覆われている。


「こーんな人気のないとこ連れてきて…縁ってばやーらし」
「はぁ……あそこにいては他の家臣が可哀想だろ。というか、どうして来たんだ、ジュダル」


柱にもたれ、腕を組む。とてもさっきまで必死に書類整理をしていたただの家臣とは思えないほどの風格を漂わせている。
どこかの一国の王だと言っても納得してしまいそうな程だ。

縁の問いにジュダルはばつの悪そうな顔をして手を頭の後ろで組んで、その場でくるりと一回。
縁がもたれている柱より一番近い柱に小走りで近付き、体を隠し、顔だけひょいと出す。その顔は不機嫌な表情に変わっていた。


「お前の為に行ってやったんだよ。感謝しろよ」
「?、何故俺の為なんだ?」
「っお前、この間毎日毎日書類整理ばっかで辛いって言ってたじゃねえか。だからだな、その……」
「連れ出してくれたわけか?」
「あ、ああ!そうだ!だから感謝しろ!」


照れくさいのか唯一出していた顔も柱に隠れて見えなくなってしまった。
少し頭を横に傾げると、赤い耳が見えた。それにくすりと笑う。しかしその笑みもすぐに困ったような表情に変わる。


「ジュダル」
「んだよ…」
「連れ出してくれるのはまあ、助かるが…あの部屋には来るなと言っただろう」
「っ…!」


ばっと柱の陰から身を出す。
その顔と言ったら、親に怒られた時の子供のようで…。


「な、んでだよ…っ、嬉しいだろ!?ならいいじゃねえか…」
「お前、自分の地位を分かって言ってるのか?神官だぞ。そんなやつがあの部屋に来たら、皆緊張のしすぎで仕事にならんだろうが」
「でもっ…!」


言い過ぎたか…。
あのジュダルが泣きそうになっている。それを必死に我慢しているのが表情からして見て分かる。
面倒なことになったと額を指で押さえる縁。仕事疲れもきているのだろう。


「分かってくれジュダル…」
「か、てる…!分かってるそれぐらい!でもっ、お前、前は夜ちゃんと俺の話きいてくれたけどっ、最近は疲れただとかで、全然話も、構いもしてくれねえじゃん…っ」


肩に置こうとした縁の手が直前でぴくっと止まる。
そう、最近は仕事が何かと忙しくなった縁はジュダルのことを疎かにしていたのだ。
話は聞いてやってるがそれは全部一応であって、言うと生返事だった。
それを一日二日ならばまだよしも、十日も続いてる。
ジュダルにしたら今日まで文句一つ言わず、よくやったものだ。


「それは、悪いと思ってる…。だが…」
「言い訳はいらねえ!いらねえから…っ、今ちょっとだけでいいからさ、抱き締めてくれよぉ…っ」


さびしいんだ。
座り込んだジュダルのぽつりとつぶやいた声は、静かなこの場所であったから聞こえたようなものだ。
いつもこんな小さな声で言っていたのか…。ちゃんと聞いとけって言われてるみたいで心が酷く痛んだ。
その痛みも、ジュダルの痛みの方がずっと強いに決まってる。


「ごめん、ごめんなジュダル…。…抱き締めて、いいか…?」
「抱き締めて…っ、縁っ!」


下から泣き顔で見上げて両腕を広げるジュダルに縁は力いっぱい抱き締めた。
何回も、何回も謝りながら、強くぎゅっともう二度と離さないというように…。




先程からの言動を見て分かるようにお二人は恋人同士です。
地位や性別の壁があっても、多少喧嘩は起きますが仲睦まじく日々を過ごしてます。
今日はその一部をお見せしました。
ほんと目の保養……いえ、心が温かくなりますね。

そんな語りの私はとあるお方の侍女でございます。
それでは、失礼致します。



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初めて第三者視点で書きました。
こっちの方が書きやすいかも…。
20120909

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