転校とはこんなに疲れるものなのか、と私は机につっぷしながら考えていた。新しいクラスメイトの前での自己紹介。私は緊張のあまり噛んでしまったのだ。
「石橋真奈美です。こんな中途半端な時期の転校ですが仲良くしてくだひゃっ…さい」
思い出すだけで恥ずかしい。あれから私は席についてずっとつっぷしているから誰も話しかけてこない。きっと今の私は変人なんだろう。変な転校生がやって来たなんて噂がたったりして!なんて最悪なスタート!でも恥ずかしくて顔上げられない!きっと弥生はちゃんとそつなくこなしたんだろうなぁ。そう思うと余計悲しい。
「体調でも悪いのか?」
「え?」
近い場所から声をかけられた。顔を上げて、隣の席の男の子を見る。すると、とても体格のいい厳しい顔つきの男の子がこっちを見ていた。ち、中学生?
席につくまで俯いていたし、席についてからずっとつっぷしていたから気づかなかったけれど隣の席はこんな男の子だったんだ。
「ずっと俯いていたから気になっていたんだ。大丈夫か?」
話を聞いていたらいい人なんだなぁと思った。失礼なこと思ってごめんなさい。それにしてもすごく大人っぽい人だ。
「あ、大丈夫です。ただ転校初日で緊張してしまって」
「うむ。それならいいのだ。俺は真田だ。転校したばかりで分からないことも多いだろう。なんでも聞いてくれ」
「ありがとうございます!」
なぜか同じ歳なのに敬語で話してしまう私に真田くんは「俺たちは同じ歳だろう」と貫禄たっぷりに言った。それもそうだ。
「そうだね、真田くん。これからよろしくね」
「あぁ」
私は少し嬉しくなった。こうして新しい世界で弥生以外の人と普通に会話できたことが。そんな風に話していたら1限が始まった。しかし席が悪いせいか、午前中の授業は全部先生にからまれた。でも転校生が教卓の目の前にいたら構ってしまうのも分かる気がする。なぜ、転校生をこの席にしたんですか!
人前であがってしまう私には地獄のようだった午前中の授業を終えると、待ちに待ったお昼休みだった。弥生の作ってくれたお弁当を持って隣の3−Bへと向かう。ちなみにお弁当箱は弥生と色違い。弥生が白で私がピンク。食事は1日ごとの交代で作ることにした。なんて言ってもおたがいに手伝いながら作っているんだけど。
ウキウキと解放された気分で廊下を歩いていたらつまずいてしまった。ただ隣の教室に向かうだけだったのに、なんでこんな真っ平らなところでつまづいているんだろう、私。最近本当についてない。自己紹介では噛んじゃうし、違う世界に来ちゃうし。私、本当についてない。思わず手放してしまったお弁当が弧を描いて飛んで行くのをそんな風に考えながら見ていた。そして、すぐに来る衝撃。あぁ、痛い。そして、顔を上げたくない。今日そう思うのは何度目だろう。
「大丈夫ですか?」
それでも降ってきた優しい声にゆっくりと顔を上げた。そこには同じクラスの柳生くんがいた。授業中に何度も手を上げていて、絡まれる私のことも助けてくれたから記憶に残っている。その柳生くんが私に手を差し伸べてくれていた。ありがとうございます、とその手をとれば起こしてくれた。そして、お弁当も「崩れていないといいですね」と渡してくれて私は何度も頭を下げる。
「おや、血が出ていますね」
「え?」
柳生くんの言葉にぎょっとした。どこだろう、と見てみると左足のひざから血が溢れていた。ビックリして何も言えずにいると柳生くんはハンカチを取り出して私の血の流れているひざにあてた。その仕種があんまりにも自然でそれにまた私は驚いてなにも言えないでいると肩を掴まれた。ビクリと肩を震わせてから、振り向いたら弥生がいた。
「真奈美どうしたの?」
「お友達ですか。では、私はいなくても大丈夫ですね。あぁ、申し遅れました。私は石橋さんと同じクラスの柳生比呂士です。石橋さん、転校したばかりで大変でしょう。なにかあったら気軽に話しかけてくださいね。では」
「あ、あのっ!ハンカチ…」
「あぁ、返さなくて結構ですよ」
柳生くんはそう言って笑顔で去って行った。紳士だ。なんて紳士な人なんだろう。あんな人が中学生の中にいるなんて世の中捨てたもんじゃないな。あぁ、でも今までいた世界とは違うんだっけ。
「なにブツブツ言ってるの?」
目を輝かせて柳生くんの後ろ姿を見ていたら、弥生が訝しむような目で私を見つめていた。なんだ、この温度差は。
「あ、声に出てた?」
「うん。全部聞こえてた。で、どうしたの?」
「転んじゃった。で、柳生くんが起こしてくれてハンカチもくれたの」
「ハンカチ?」
「うん。血出てたの。あと、折角作ってくれたお弁当ぐちゃぐちゃになっちゃったかも」
「そんなことはいいよ!それより保健室行かなきゃ!」
弥生が私の手をとって歩き始めた。保健室分かるのか聞いてみたら、なんとなくって返ってきた。なんとなくってどうなんだと苦笑い。そして、柳生くんからもらったハンカチを握りしめる。スカイブルーのハンカチに私の血がべっとりと滲んでいた。
「今日の帰りにハンカチ買いに行ってもいい?」
「もちろん」
私の手を引っ張って前を歩く弥生の背中はやっぱり頼もしい。
ここはもう違う世界だ
リアルで、鋭くて、でも優しい世界
title:クロエ
2011.04.12
2013.02.23
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