お昼休みに一人、中庭のすみっこで咲いている花を見てにっこりと笑いかけた。きれいに咲いたねと話しかけながら。空を見上げれば雲ひとつない快晴で、太陽は燦々と輝いていた。額に浮き出た汗を拭って、花の近くに生えている雑草を抜く。この場所は俺がいない時もきちんと管理されていたんだな、とその雑草の少なさに思う。この場所は人が行き来する場所だからだろう。滝沢さんと初めて会った花壇は人の目が届きにくいところだったから、手入れが行き届かなかった。そう思うとなぜ彼女はあんな場所の花を気にかけてくれたのだろうか、と少し気になった。いずれにせよ彼女が気づいてくれて世話してくれたおかげであの子たちは助かったのだ。


「あ、幸村部長」


最後の雑草を抜いた時、赤也の声が降ってきた。顔を上げると赤也と滝沢さんがいた。今ちょうど考えていた人物が目の前にやってきて少し面食らってしまった。


「雑草抜いてたんスか?」


赤也が俺の手元を見て言った。手についた土を払いながら「うん」と答えて立ち上がる。滝沢さんは手にお弁当を持っていて、きっと外で食べていたところに赤也と会ってぶらぶらと歩いていたんだろうなと推測できた。石橋さんはどこだろう、と疑問に思う。人から聞かされるイメージで二人はニコイチだった。


「真奈美は赤也に会う前に柳生くん見つけてそっちに行ったの」


俺の思っていたことがわかったらしく、滝沢さんはそう言った。そんなに態度に出ていたかな、と思いながら「そっか」と呟く。滝沢さんと初めてきちんと話したのは全国大会の初日だった。その前に話した時は彼女が俺のことを知らずに誤解が生まれてちゃんとした会話になっていなかった。会ったのも数えられるくらいしかない。それなのにこんな風に考えていたことが分かるなんておもしろいなと思った。だからテニス部のみんなの中にすぐに溶け込めてしまったのだろうか。

全国大会の決勝戦で俺たちは負けた。悔しいし、ましてや満足なんてしているはずがない。先輩たちが2年連続で全国大会を制しているのに俺たちの代で連覇を止めてしまったという思いもある。それでもなぜか気持ちは清々しかった。けれど多分そんなのは俺だけなのだろう。きっとみんなあの試合に口に出さないだけで思うところがあるのだと思う。滝沢さんと石橋さんはそんなみんなにも寄り添ってくれているように感じる。


「あんまり無理しない方がいんじゃないっスか」


赤也が俺の手を見て言った。きっと俺の体を気遣ってくれているのだろう。けれどそんな風に言う赤也の方が元気がない。いや、元気がない…と言うよりは覇気がないと言った方が正しい気がする。全国大会が終わってからだ。言葉にはしないけれど態度がそれを示していた。だからきっと今も滝沢さんが赤也と会ってそれから連れ出したんだろう。


「これくらい平気だよ。俺よりも赤也、お前は大丈夫かい?」


話をするには今がいい機会なのかもしれないと思い、そう聞くと赤也の体はびくりと跳ねた。「なにがっスか?」と聞く声はうわずっている。滝沢さんが真っ直ぐに俺を見ていることに気づいた。彼女はなにも言わずにそのまま黙って赤也に視線を移した。


「なんなんすか?別に俺は平気だし…」
「全国大会の決勝戦、お前はどう思った?」


静かに問い掛ければ赤也はぐっと息を飲んで黙り込んだ。


「お前は来年もあるから…」
「アンタたちがいるのは今年までだろ!!」


俺の言葉を遮って赤也は大きな声を出した。少し離れたところにいる生徒もこちらを見てざわついていた。赤也は俺を睨みつけていて、たじろいでしまう。怒りからか、息が荒くなった赤也は舌打ちをして走り去ってしまった。俺と滝沢さんだけが取り残される。お前は来年もあるからこのまま成長し続けろと言うつもりだったのにその言葉は宙ぶらりんになってしまった。でもなぜか胸は温かくて。


「期待して言ったんだけどな」


言い訳をするように俺が言うと滝沢さんは「分かってるよ」と言った。


「正直、幸村くんとはあんまり話したことないし、よく知らないけど、でもみんなが信頼してて、あの赤也があんなに慕ってるんだから、いい人なんだろうなと思うよ」


そう言って笑った。そして、花の方に歩いて行ってしゃがむと「花もこんなにきれいに咲かせられるし」と続けた。その言葉にそれは君も同じじゃないかなと思いながら「ありがとう」と返した。



熱を帯びる柔い鼓動

優しさを纏う彼女たちへ




title:Prelude
2021.01.31




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