あたしたちは今日を楽しみにしていた。テニス部の全国大会。前回の応援の時に少し遅れたから早めに行って開会式まで見て。そこに手術を終え、リハビリ中だと聞いた部長の姿がないことに胸を痛めたりして。
「なんで…」
でもいざ試合が始まってベンチに花壇で会った彼がいるのを見た瞬間にこの人がその部長なんだと直感的に分かってしまった。その瞬間にあたしはなんてことを言ってしまったんだろうと思う。そうしたらもう居ても立ってもいられなくなてしまった。試合中も落ち着かなくて、その間も彼らは順調に勝ち進んでいった。
「以前、話したことのあるテニス部の部長の幸村だ。この度無事に退院して復帰したのだ」
「よろしく。幸村精市だよ」
いざ、試合が終わって本人を目の前にしてそう紹介されると分かっていたはずなのにまた胸がどくんと大きく動いてしまった。彼はあたしのことをどう思っているのだろうか。きっと自己紹介も愛想のないものになってしまっていただろう。
幸村くんに真田くん、そこに柳も加わって他校の試合を見に行くと言って三人で歩き出した。あたしはその過ぎていく背中を見送った。でもすぐにあたしは謝らなければいけないと思い直して一歩を踏み出す。駆け足で追いかけて幸村くんの腕をとった。
「幸村くん…、あたしっ…」
うまく言葉にできない。真田くんは驚いた顔であたしを見ている。柳は驚くこともなく真顔のまま。言葉がまとまっていないまま追いかけてしまった。口をパクパクさせていると幸村くんは穏やかに笑った。そして、あたしの手をとって「大丈夫」と一言。
「分かってるよ。試合を見たら戻ってくるから。その時にきちんと話そう」
あたしは頷くことしかできなかった。「石橋さんも心配そうにしてるから」と幸村くんが言う。そうだ、真奈美はあたしの様子がおかしいことに気づいていたはずだと今更気づく。「待ってて」と一層笑みを深くした幸村くんにあたしは「うん」と今度は声に出して返したのだった。今度はちゃんと後ろ姿を見送った。元の場所に戻ると仁王に構われている真奈美とそれを止めに入った柳生くんがいた。それに少し苦笑しながら、さっきの言葉に少し安心したあたしはいつも通りを装って柳生くんに加勢したのだった。
幸村くんと真田くん、柳は思っていたよりも早く戻ってきた。関東大会の決勝戦での対戦校の試合を見に行って来たらしい。あたしと幸村くんは立海のテニス部の輪から少し離れたあずま屋で2人でベンチに並んで座っていた。
「幸村くん、ごめんなさい。あたし、あなたにひどいこと言ったよね」
今度は落ち着いて謝ることができた。幸村くんは穏やかな顔をして「俺は気にしてないよ」なんて言うものだからあたしは目をまんまるにしてしまう。「君は俺が入院していたことを知らなかったんだ。だから気にする必要はないよ」と言いながら幸村くんは正面にあるコートを見た。
「むしろあれだけ真剣に花のことを世話してくれたんだと思ったら嬉しかった。あの花は俺が植え付けをしたんだけどそのすぐ後に入院したからずっと気になってたんだ」
それを聞いたらやっぱりあたしが言った言葉はひどいものだったんじゃないかと思った。幸村くんはまたこちらに顔を向けてあたしの目を見つめてきて。その瞳の真剣さ、きれいさに体を引いてしまいそうになる。そのことに気づいていないのか幸村くんはそのまま「だから俺は逆にお礼を言わなきゃいけないんだ」と話し始める。
「ありがとう」
その一言があたしに沁みてしまった。
「あたしもありがとう。あそこに花を植えてくれてよかった」
思わず言ってしまった。あの花があたしを励ましてくれたことがあったと全部言ってしまいたい気持ちになる。なんてそんなこと言っても理解してもらえないかな。でも幸村くんは全てを聞こうとはせずに微笑んだ。きれいに笑う人だな、と改めて思う。初めて会った時の印象と変わらない。試合の後に見せた厳しさが嘘みたいだ。
「君が噂の転校生で良かった」
噂になってたのかとか聞きたいことはあったけれど、悪い気はしない言葉だったので聞き流すことにした。それに幸村くんとは他のテニス部のみんなと同じようにこれからたくさん話せると思ったんだ。
「あなたが噂のテニス部部長で良かった」
ハロー、プリズム
本当にそう思ったのよ
title:クロエ
2019.09.29
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