久しぶりに凛とした爽やかな声がコートに響いた。それは少し前まで当たり前のことだった。そして、これがやはりしっくりくると思った。自分の怒鳴り声が響いた後に優しく、でも厳しく、ぴりりと響くこの声はやっぱりここのものだと思った。今日、幸村がこのコートに戻ってきた。

やはり、幸村がいると空気が引き締まったように感じる。そして、自分ではやはり役不足だったのかという考えがやってくる。その考えをかき消そうと頭を振ると「「かっこよかったよ!」」と二つ重なった声が聞こえてきた。ハッとして頭をあげれば隣に座った幸村が「真田、どうしたんだい?」と笑った。「なにもない」と答えると、幸村はその優しそうな瞳をコートへ戻した。その瞬間にそれはするどいものに変わる。普段は温厚で優しい幸村はテニスのこととなると厳しくなる。俺はそれを見る度にぞくりとしたものを感じるのだ。


「仁王と柳生の動きが前よりよくなってるね。ダブルス組んでみて良かったのかな」


関東大会決勝でペアを組んだ二人は今はもう別々のコートに立っていた。二人は一時期ギクシャクしていつもの動きが出せない時期があり、らしくもないミスばかりを出していた。周りは心配していたし、俺はこんな大事な時期にどうしたんだと問い詰めたい衝動に駆られた。けれど、これは周りが口を出して解決する問題ではないのだろうと誰も口を出さなかった。これを乗り越えればきっと成長して帰ってくるだろうと黙って待つことにしたのだ。俺たちが目指している場所はこんなところでつまずいているようでは到底行き着くことができないような場所なのだから。俺たちはそこに行くと誓ったのだから。


「柳から聞いたんだ。季節外れの転校生が来たって知っているんだろう?」


幸村の急な話題の転換に俺は少し怯んだ。「あぁ」と濁すような返事をしながら、なぜそんなことを聞くのだろうかと疑問に思う。


「俺も会ってみたいなぁ」


そう言う幸村の目はどこを見ているのだろうか。仁王?柳生?それとも他の部員だろうか。その視線を辿ってみても俺にはよく分からなかった。そもそもなぜ会いたいと思うのか。柳からどう聞いているのだろうか。
疑問に思うとまた頭の中で二人の声が聞こえてきた。最初は疑問に思うくらいに俺たちにはふさわしくない言葉ではあったけれど、その言葉の意味を聞いてみれば、嬉しいようなくすぐったいような気持ちになった。俺はもっとその言葉に相応しくなりたいとまた覚悟を新たにしたのも事実である。
そういえば、とふと思う。仁王と柳生のこの進化の原因は石橋なのではないだろうかと思うことは多々あった。それは当人である二人の態度はもちろん周りの態度、時期を考えてのことだった。ギクシャクした原因も同じだろう。それに赤也が壊滅的だった英語の勉強にやる気を出したのも滝沢のおかげだった。柳も二人に興味を持っている様子だったことも思い出す。みんな二人が試合を見に来てくれることを楽しみにしていた。そうして考えてみれば季節外れの転校生の二人―石橋と滝沢はこのテニス部に影響を与えているような気がする。人に影響を与えられるなどけしからんと思いつつも自分もそうであるから仕方ない。俺は林間学校で見た夜空をまぶたの裏に浮かべた。彼女たちは幸村にも影響を与えるのだろうか。
幸村が倒れて、俺たちは動揺した。一緒に戦ってきた仲間が倒れ、同じコートに立てないことが辛かった。しかし、一番辛かったのは幸村自身だろう。多分、俺たちが知らない嫌なことも痛いことも怖いこともあったのだろう。知らない間に傷つけてしまったこともあったかもしれない。「テニスの話をしないでくれ」と言われたこともあった。それでも、幸村は今ここにいる。


「どうしたんじゃ、真田」
「せっかく幸村くん復帰したのに寝てんのかよぃ、さなだぁー」


目を開けるとみんな勢ぞろいしていた。ベンチに座る幸村の肩にブン太は手を置いていた。距離が近い。「考え事をしていただけだ」と答えても、もう誰も俺には注目していなかった。みんなで幸村を囲んでいた。もう休憩時間だったかと時計を見る。さっきまでの殺伐とした空気はなくなっていた。


「幸村部長!練習が終わったら、部室でパーティーしましょう!」
「俺、でっけぇケーキ焼いてきたぜぃ!」
「ふふ、それは楽しみだなぁ」


囲まれて優しい笑顔になる幸村。俺もみんなも自然に笑っていた。幸村がいるのはやはりここなのだと改めて思った。青い空。輝く太陽。テニスコート。真っ白なシーツの中なんかじゃない。まだ本調子ではないだろう体でも、やっぱりここが似合うと思ったのだ。



青をつかむ

彼の居場所




title:クロエ
2016.04.23
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