ここ最近は熱帯夜で寝苦しい夜が続いていたけれど、林の中の夜は少し肌寒いくらいで、私は上下ともに学校指定ジャージを着ていた。林間学校で訪れたのは林の中にバンガローがあるキャンプ場で、途中までバス、降りてから少し歩いた。輝く太陽の熱気の下で歩くのはなかなか苦痛で、今はその火照りは静まって疲れだけが残った。
明かりは最低限だけで、中央の大きなキャンプファイヤーが一番大きな明かりだった。その明かりに照らされたハーフパンツから伸びた弥生の脚を寒そうだと思いながら見ていた。その視線を空に移せば、きらきらと輝く無数の星たち。耳をすませば、木々の枝が風で揺れる音がする。この世界も前の世界も同じだ、と改めて思った。


「なんかこんな風に空を眺めると、本当に違う世界に来たのか考えちゃうよね」


私と同じことを考えていたのだろう。弥生が言った。静かに頷く。こんな風にでかけるのはこっちの世界に来て初めてで、空をゆっくりと眺めることなんてなかった。でもよく考えてみれば、前の世界でもまじまじと眺める機会なんてそんなになかったかもしれないと思い直した。
視線を降ろして少し遠くを見ると二人一組で暗がりの中でラリーをしているテニス部がいた。林間学校のキャンプ場、少しの休憩時間。こんな時にこんな場所でもやるんだなぁと思うのと同時に、単純にすごいと思った。でもそんな彼らを見たらやっぱりここは前の世界とは違うんだなって思った。だって私の知ってるボールの動きとは違うんだもの。

今回の林間学校の準備で私と弥生で大きなショッピングモールに出かけた。この世界に来た初日に生活に必要なものを買いそろえてからはスーパーと学校の往復ばかりでどこか外に出ることはなかった。今住んでいる部屋は女子中学生が住んでいるとは思えないほど必要最低限のものしかない殺風景だった。理由は特にないけれど、私たちの使っているお金の出所が分からないという不安もあったのだと思う。
しかし、久しぶりに二人でショッピングに出かけてみると弥生が一目惚れしてしまった服だったり、私が思わず連れて帰りたくなるようなぬいぐるみがあったりで、林間学校に必要のないものまで買ってしまった。ずっと節制していたからいいよねなんて二人で言い訳をしたりして。思い返してみれば、私たちはその日ショッピングに行くのにさえ制服だったくらいに服すらまともに持っていなかった。前はよく二人で出かけては色違いで服を買ったりしていた。その時より今の方が使えるお金はいっぱいなはずなのに。
外に出る楽しみを久々に思い出した私たちは浮かれると同時に怖くなっていた。だって林間学校というきっかけがなければ、この楽しさをもうずっと味わうことはなかったのかもしれない。特別なことなんてなかったけれど充実していた日々が急に変わって、私たちはこの世界に来た。慎ましく暮らして、ただたんたんと学校生活を過ごしていくだけ。もちろん学校には友達がいて楽しいけれど、それだけが全てじゃない。この世界に連れて来た人たちからしたら私たちが勝手に我慢していただけだと思われるかもしれない。でもそれだけこの状況は普通じゃない。こうしている間にも時は過ぎている。大事にしたい。この世界だって私たちにはかけがえのないものになっている。もう少し楽しんでもいいんじゃないだろうか、とその日の夜に弥生と話した。青春を無駄にしたくないよね。なんて笑いながら。
ふと、今朝のことを思い出す。少し顔を赤らめて、任せてくださいと先輩たちに訴える赤也くんはとてもかわいかった。そしてとても頼もしかった。きっとみんなこの夏を大切にしている。勝つことを第一としているけれど、きっとそれだけじゃない。仲間と過ごすこの夏ができるだけ長く続くように、そしてそれが最高の形で終わるように。
私もこの世界で過ごす時間を、みんなと過ごす時間を大切にしたい。今朝の光景を見て余計にそう思った。そう弥生に言おうと口を開いた瞬間に私と真奈美の肩が同時に叩かれた。二人で驚いて顔を上げると仁王くんがくつくつと喉を鳴らしながら笑っていて、その後ろにはテニス部のみんながいた。


「び、びっくりした…」
「さっきまでラリーしてなかった?」


弥生の問いかけに「今日の分は終わり」と返事しながら、ブンちゃんが座った。今日は登山や水汲みなどとハードなことが多かったために少なめにしたと、隣に座った柳生くんが説明をしてくれる。


「私は今日の作業だけでぐったりなのにすごいなぁ」
「いや、帰宅部のあたしや真奈美と一緒にしちゃだめでしょ」


私たちの言葉にみんなが笑った。その中で「今できることしておきたいだけじゃ」と言う仁王くんの声が静かに響いた。その瞬間にみんなの顔が堅いものになる。聞きたいことがある、と真田くんが口にした。


「なぜ二人はこの前、俺たちのことかっこいいと言ったんだ?常勝と言いながらも負けた俺たちのことをみっともないとは思わないのか?」


その言葉と共に冷たい風が私たちの間を通り抜けていった。思いもよらない質問に私と弥生は首を横に振った。それがあんまりにも必死だったのか仁王くんが「頭がとれてしまいそうじゃ」と笑った。でもその笑った顔もなんだか切なくて。


「なんでそう思うの?あたしは負けるって言いながら戦いに挑む方がかっこわるいと思うよ」
「そうだよ、頑張ってる人をみっともないなんて思うわけないじゃん!全力出して試合してるのは本当にかっこいいんだから」
「あたしたちはまだ付き合い短いけど、あんた達が努力してることは知ってるつもりなんだけど」


弥生はそう言って隣に座っていた柳くんの腕に巻かれた重りの入ったリストバンドをずらした。そこには肌の白い柳くんのもっと白い肌があった。くっきりとした日焼け跡が残っていて、ずっと身につけていたことが分かる。


「だからそんなこと言わないでね。ずっと前を向いててね」


そう言えば、思わず涙が零れてしまいそうになってぐっと堪える。みんなの表情が柔らかいものになる。「今の赤也にも聞かせてやんねぇとな」とジャッカルくんが言えば頷き合っていた。ブンちゃんなんか「録音しておいたら良かったな」なんて言い出して、それは少し恥ずかしかったり。
みんなが笑う声を聞きながら、空を仰ぐ。満天の星空が広がっていて、私はいるのかも分からない神様に言う。この世界に来れて良かったです、と。彼らに会えて良かった、と。元の世界に帰りたくないわけじゃない。不安や憤りなどがないわけじゃない。でも確かにそう思ったんです、と―。



ひかりに告ぐ

聞いていて、
忘れないで




title:クロエ
2016.02.06




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