掃除から帰ってきた弥生となぜか今図書室にいる私。掃除当番だった弥生は他の人よりも随分と遅く教室に帰ってきた。何人もの人が掃除から帰ってくる中、弥生だけが帰ってこなくて不安になっていた私にごめんと謝り、枯れそうになっていた花に水をあげてきたと言うものだから思わず笑ってしまった。あまりにも弥生らしい理由だったから。制服のベストが少し濡れていてそれが本当だということが分かる。こういう時に私は目の前ですまなそうに眉をハの字にして謝る弥生が親友で良かったと思うのだ。
その花のことを調べたいという弥生についてきた私。本当はさんざん待たせて図書室にまで行きたいというワガママに付き合わせることはできないと弥生は言ったのだけれど、私が強く希望したのだ。前に柳くんに鋭い指摘を受けた時、私は図書室に行く弥生を見送ってしまったのだ。今回もそうならないとは限らない。私はそれを後悔しているのだ。申し訳なさそうにする弥生に夏休みの宿題である読書感想文を書く為の本を探すから、と言って。それも嘘じゃないのだけれど。いつかはしなければいけないことだったのだから。
図鑑のある方へ行った弥生を見送って、私は物語の本棚のところまでやってきた。本を読むことは別に苦ではない。それでも、こうやって目の前でたくさんの選択肢をおかれるとどれを手にとればいいのか迷ってしまう。どれにしようか、と背表紙を一つ一つ見ていくけれどなかなかピンと来るものがない。


「なにか本をお探しですか?」


本を眺めるのに夢中になっていたら声をかけられてびくりと肩が揺れてしまった。この静かな空間で声を出してしまわなかった自分を褒めてあげたい。「すみません、驚かせてしまいましたね」そう謝る柳生くんを見て、声をかけてくれたのが柳生くんだと知る。柳生くんは場所に合わせてボリュームを下げた声を出してくれていたけれど、私が過剰に驚きすぎてしまったというのにそれでも謝る彼に私は頭を横に振った。こちらこそごめんなさいと。
読書感想文の為の本を探しに来たけれどどれにしようか迷っていたと言うと、柳生くんは一冊の本を手にとった。


「私の一番好きな本です。読書感想文向きかと言われるとそうではないかもしれませんが、良かったら読んでみてください」


アガサ・クリスティの「アクロイド殺し」という本だった。ミステリーだろう。読んだことのない本だったし、柳生くんが好きな本だということで興味もわいた。それになにより膨大な数の選択肢の中から一つを選ぶことのできなかった私にぽつりと浮き出た選択肢。私はそれを選ぶことにした。


「ありがとう!これにする!」
「えぇ、読み終わったらぜひ感想文とは別に私にも感想を教えてください」


私に一冊の本を勧めてくれた柳生くんは急いで部活へと向かった。一人でたくさんの荷物を図書室へと運ぶ一年生の女の子を見つけて、手伝ってしまったのだと言った彼。それも彼らしい理由で私は優しい気持ちになる。私の友達は本当に優しい人ばかりだ。きっとその女の子は柳生くんのファンになったことだろう。テニス部の人気の理由をまた一つ知った。
柳生くんが勧めてくれた本を持って、図鑑のある本棚へと向かうと一冊の図鑑を開いた弥生と柳くんが向かい合っていた。私は慌てて早歩きでその間に入る。


「そんな怖い顔をしないでくれ。俺はまだなにも言っていない。一言も言葉を交わしていないぞ」


柳くんが悲しそうに笑って言った。その表情と言葉に私は自分が険しい顔つきになっていたのに気づいて、身構えるのをやめた。弥生を見れば少し不安そうな顔をしていたけれど、それでも平然とした態度は崩していなかった。そうして私は自分がとった行動がいけないことだったのだということに気づく。今の行動は柳くんを警戒していることが分かり、それは柳くんの質問が核心をついていたからということが予測される。それは別にいいのだ。柳くんにはその翌日にとった私の行動でとっくにバレているのだから。ただそのことを知らない弥生の前でこんな行動をとってしまったことがまずかったのだ。


「花の図鑑か。クレマチス…そうか」


私の心配を知ってか知らずか柳くんはその高い身長のせいだろうか、私が間に入っても弥生の開いているページを見ることができたらしい。そう呟いてから少しの間黙り込んで考え込んだらしい。そして「ふむ」と一言。彼はなにかの考えに至ったようだ。私はふと疑問に思い(この場を切り抜ける為でもある)、部活に行かなくていいのかと聞けば「あぁ、そうだった。生徒会が長引いてしまっていたんだ」と言って涼しい顔をして図書室を離れていった。私と弥生はその後ろ姿が見えなくなった瞬間に二人同時に大きく息を吐いた。安心したのも束の間、やっぱり私はさっきの行動を弥生に叱られて小さくなるしかなかった。反省はした。弥生が思っているのとは別の方向で。それよりも私は柳くんがなにに思考を巡らせどのような考えに至ったのかということ、そして悲しい微笑みが気になってしまっていた。



おろかなひめごと

やっぱり間違いだったのかな?




title:クロエ
2014.07.19




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