テスト一日目の一番最初。それは英語だった。詰め込んだ単語と文法。問題用紙にはそれがたくさん並んでいて、俺の鉛筆はするすると解答用紙の上で踊るようにして動いた。今回は部活停止になるなんてごめんだったし、なにより全国大会も控えてる。補習なんてことになったら、本当に大変だ。真田の雷が落ちるなんてもんじゃない。きっと周りから白い目で見られるのだろう。それに俺自身がそんなのは嫌だった。中学最後の夏。思い切りテニスがしたかった。まぁ、でも俺って結構要領いいし。
手応えを感じた解答用紙が回収されていく。それを見送りながら、次のテストはなんだったけなぁと考える。そうしたら、いつもは斜め後ろにいるはずだけれど、今は出席番号順のせいで前の前にいる仁王。すくっと立ち上がるとそいつは教室を出て行った。きっとA組に行くのだろう。真奈美に昨日の試合の結果を話しに。朝はテスト前だというのに少しミーティングがあったから他のクラスに行く余裕はなかった。でも確かあいつの隣は真田だったはずだから、きっと聞いてるんじゃねぇの。あとは比呂士とか。そこで、ふと気づく。あぁ、知っていたとしても自分の口で伝えたいのか―と。まぁ、それでも自分が一番じゃなかったことに不満は持つんだろう。そう考えたらおもしろくてつい一人で笑ってしまった。やばい。俺、今怪しいやつかも。でも、意気揚々と向かった仁王の後ろ姿を思い出すと同時に今日の朝の弥生の反応を思い出した。それはあんまりにも淡々としたもので。当たり前でしょ、と言わんばかりだった。それは常勝立海大を掲げる俺たちだからだろう。
転校生ということで、窓際一番後ろに一つ飛び出した席にいる弥生の方へと向かった。次は国語だったから多少楽だろう。俺の得意教科だ。いつもは振り向けばいるのに、遊びに行くのにこんな距離を歩くのはなんだか違和感がある。あいつは初めて会った時からずっと後ろにいる。転校生が来るということで前日に席替えをしたおかげで俺と仁王と弥生は席が近くなってつるむようになった。これはいい偶然だったのではないかと思う。どうやらA組もそうらしく、真奈美は真田の隣になり、教卓の目の前になったらしい。くじ運が悪いと思う。前にも横にも監視の目があるみたいじゃないか。


「仁王、A組かな?」


弥生のところに行くとすぐにそう言った。きっと教室を出て行くのが見えたのだろう。少し前に弥生と仁王はギクシャクした。ほんの一瞬のできごとだったのだけれど。その頃の弥生はなにか少しおかしくて、でも具体的にどこがどうとかは言えなかった。それでも違和感があったのは確かだ。けれど、仁王との小さな衝突(本当に小さな小さなもの)の次の日には弥生はけろりとしていたから、俺はなにも気にしないことにした。今度、なにかあった時にはきちんと話が聞けるくらいにはなりたいと思う。


「弥生先輩!丸井先輩!」


教室に響く声。すぐに誰か分かった。あいつは上級生の教室に来るのに抵抗がない。赤也が入ってきた瞬間に女子の何人かが目を輝かせて頬を赤らめたのが分かる。


「あ、赤也。聞いたよ、昨日の試合のこと。有言実行だね」


弥生がそう言うと赤也は目を細めてくしゃりと笑った。微笑ましいなと思った。そして、ふいに「テニスが恋人かも」と言った俺に対して「それは寂しくないのか」と訝しげに見つめる赤也を思い出した。そして、本当に少しだけ寂しくなる。仁王も今頃こんな顔をしているのだろうか。比呂士も?


「実は次の次英語なんすよね」


赤也がそう言った瞬間にさっきまで優しかった弥生の表情が厳しいものに変わった。英語を教えていたから、赤也の壊滅的な英語力を知っているのだろう。赤也が赤点をとってしまったらさっき俺が考えていたような事態になる。補習だらけの夏休み。赤也にとったら来年もあるけれど、俺たちはそんなことを言っていられない。それに赤也だってそんな心意気ではないだろう。そして、きっと俺たちはそれを抜きにしても赤也の勉強については心配していた。多分なんだかんだいってみんな赤也のことをかわいがっているのだ。それは弥生も同じだ思う。それは赤也が俺たちとの夏に全力を出しているからだ。慕ってくれているというのが分かるのだ。
今まで教えたことをもう一度教え直している弥生とそれを真剣に聞く赤也。けれど、二年生の教室に帰らなければいけない時間になっていた。もうすぐ仁王も帰ってくるだろう。それを伝えれば焦ったようにして駆け足で教室を出て行く。それを見送って俺も席に着こうかというところ。また「弥生先輩!丸井先輩!」と聞こえって出入口の方を見る。そこには戸から顔だけ出した赤也がいた。


「俺、次の試合ももちろん勝ちますし、英語も赤点とらないようにしますから!!」


ピッカピカの笑顔を見せながらそう言うと赤也はさっと消えてしまった。出入口からこの窓際の席は遠い。それなのにも関わらず大きな声を出して伝えてくる赤也。恥ずかしい奴…と俺と弥生の方が顔が赤くなってしまう。それでも、「赤也くんかわいー」なんて声もちらほらと聞こえてきたりして。そして、俺はまた思い出す。真奈美がコートを見下ろしながら大きな声援をくれたことを。幸村くんとの約束を。


「頼もしいね」


そう言って少し赤い顔をして、ふふふと楽しそうに笑う弥生。俺は自分の席に戻ってまた決意を新たにした。



不器用に光をうたえ

きっとみてるものはみんな一緒




title:クロエ
2014.06.08




×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -