真奈美が球技大会の練習を始めた日、あの子は慌てて帰ってきた。なにか重大なことを伝えようとしていたのだと後になって分かるのだけれど。でも出迎えたあたしを見た瞬間に真奈美は目を見開いた。あの子はなんでかそういうことに敏感だったりするから。でも、なにも聞いてくることはなかった。きっとあたしの聞かないでほしいという気持ちまでもが透けて見えてしまったせいだろう。そして、表情をいつも通りに直した真奈美はその日の練習で見たことを話した。それはこの世界と前の世界ではスポーツで出せる力が違うということ。その話を聞いてから確かめるためにこの世界に来てからほとんど点けていないテレビの電源をいれた。きっと野球のナイター中継でもやっているだろう、と適当にチャンネルを変えていくとすぐに見つかった。そして、その中では真奈美が言っていたようにボールが変な角度を持っていたり、スピードが異常に速かったりと以前の世界では見られないようなものだった。簡単に言えば、超次元。そんなこの世界と以前の世界との違いを知って驚いた日はもう数日前のことで。今日は球技大会当日。なんだかんだでバスケに出ることに決まったあたしはその超次元のようなバスケを自分自身で体験していて、普通に投げたつもりでも鋭い角度がついたりして結構おもしろかったりする。

一回戦目を無事に勝って2階のアリーナへと戻った。人混みの中にジャッカルの後ろ姿を見つけてゆっくりと静かに近づいて驚かそうとしたけれど、その途中で気づいてしまった。ジャッカルの隣にいるのが柳だということに。あたしはそのままくるり、と方向を変えて声をかけずに離れていこうとした。…したはずなのに「滝沢じゃないか」という柳の声が聞こえてきて、あたしは思わず「げっ」と心の声を口に出してしまった。


「おぅ、弥生!どうしたんだよ。試合見るんだったらここで一緒に見ようぜ」


ジャッカルにはあたしの声が聞こえていなかったのか、いつものように話しかけてくれる。あたしはそんなジャッカルになにも言うことはできずに頷いてジャッカルの隣に行く。きっとあたしの声が聞こえていただろう柳は笑っていて、1人分の距離を置いても心はあんまり落ち着かない。


「ジャッカルもバスケだったんだね」
「まぁな。あ、でも柳は違うぜ」
「は?」


思わず柳の方へと視線を向ける。そうすると彼はさっきとは違って無表情のまま視線を返してきた。バスケじゃない柳がなんでここにいるんだ?と疑問に思っていると、ジャッカルが説明してくれる。柳は色んな情報を集めるのが好きなのだ、ということを。悪趣味だ、と思った。多分、それはあたしもその対象になったことがあるからだ。おそらく現在進行形で。なまじ、柳はその力を持っていて、頭の回転が速い。隠そうとしてもそれにひるんでしまったらもうおしまいなのだと思う。あたしはため息を1つついた。


「じゃあ、柳はなんの競技なの?」
「俺はサッカーだ」
「ふぅん。確かうちのクラスでは仁王だったかな」
「あぁ、ここに来るまで一緒だった。まぁ、仁王は隣のもう1つの体育館に行ったんだがな。あとは真田もサッカーだ」


その柳の言葉を聞いて、仁王は真奈美を見に行ったのだとすぐに気づいた。目の前の手すりに体重を預けて、下にあるバスケのコートを眺める。あたしの胸の中で、柳生くんと初めて2人で話した時と同じようなまた黒くてドロドロとした感情が浮き上がるのが分かった。眉間に力が入ってしまって。きっと今のあたしはひどい顔をしているんだろう。
その感情をどうすればいいのか分からずにいると、視界のはじっこでなにかが揺れているのが見えた。そこに視線を移してみれば、赤也がにっこりと笑いながら、こっちに向かって大きく手を振っていた。赤也のそんな屈託のない笑顔を見てつい吹き出してしまった。心のもやもやとした気持ちが少しずつ晴れていって、あたしも笑って手を振り返す。


「あぁ、赤也か…」


隣のジャッカルがふにゃりと破顔して呟いて、私と同じように手を振っていた。柳も薄く笑みを浮かべて、ゆるく手をあげている。こっちに手を降り続けている赤也の元にクラスメイトらしき男子がやってきて引っ張っていく。試合の開始を知らせる笛の音が鳴った。


「みんな赤也のことかわいがってるよね」


あたしがそう言えば、ジャッカルは少し困ったように笑う。赤也はコートの中を自由に走り回っていて、その顔はとても楽しそう。ボールが赤也の元にどんどん集まってきているように見える。チームのみんなも赤也のことを信頼しているのかな、なんて思いながら、また手すりに頭を預ける。


「それはお前もだろう?」
「え?」


柳の言葉に頭をあげて視線を向ける。柳は口元に手をやりながら笑っていて。それすらも、自分で遊ばれているように見えてしまった。私と柳の間にいるジャッカルはやっぱり眉をハの字にして困ったようにして笑っている。


「そうなのかな?ずっと帰宅部だし、仲のいい後輩なんてできたことなかったからよく分かんないんだけど…」


コートを見ながら考えてみる。ちょうど赤也が3ポイントゴールを決めたところだった。その赤也はすぐにこっちを向いて満面の笑みを浮かべて親指をたてた。それに同じように親指をたてて返す。


「うん。でもやっぱりそうなのかも。なんか弟みたいでかわいいもん」


チームメイトに飛びつかれている赤也を見ながら言う。きっと本人には聞こえていない。聞こえていたら、こんな恥ずかしいことは言えないけれど。あたしと同じように親指をたてていたジャッカルがハの字眉のまま息を大きく吸って小さく吐いた。その隣にいる柳も今度は眉を困ったように曲げている。


「弟…か」
「…うん?」


結局、この試合は赤也のクラスが勝利を収めた。息の切らして笑顔であたしたちのいるアリーナへとやってきた赤也をあたしたちは笑顔で迎え入れた。



にじみだすまえに、

まだ知らない




title:クロエ
2011.11.05
2013.02.23
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