あたしは1人で放課後の校舎を歩いていた。これから日が沈むというのにまだまだ気温は下がらない。この暑さのせいで1日の疲れが大きくなる。
真奈美は球技大会の練習があるから一緒に帰ることができないとお昼休みの時に言われた。朝はこの世の終わりのような顔をしていたというのにお昼休みに会った時にはなんだかさっぱりとした表情だったからなにかあったんだな、と思っていたら笑顔で話してくれた。柳生くんが話を聞いてくれたこと。柳生くんがなんて言ったかは分からないけれど、真奈美が珍しくやる気になっていて驚いた。
真奈美と暮らし始めてから最初から最後まで1人で帰るのは初めてだ、と教室を出た時にはりきった顔でクラスメイトと体育館へと向かう真奈美を見かけて気づいた。少しだけ、ほんの少しだけ寂しいと思いながら、歩みを進める。校舎を出て少し歩いたところで思いついた。今日は迷ってもいいから少しいつもとは違う道を歩いてみよう。この世界に来てこの立海に通うようになってからあたしと真奈美はいつも決まった道しか歩いていなかった。ただ学校と家、そしてよく通っているスーパー。それくらいしかあたしたちの行動範囲に入っていない。この世界に来てからあたしたちは以前のように寄り道をしたり、ショッピングや遊びに行くなんてことがなくなっていた。分からないうちに避けていたように思う。だから、今日は1人だけど一歩先に進んでみようと思ったんだ。
いつも通る門とは違う門へと曲がってみる。少しだけワクワクしている自分がいた。こっちの道は普段通る道とは違って人通りが少ない。本当に1人になったような気がしてしまう。それくらいに少ない。けれど前を向いて一歩一歩進んでいくと、前から来る知っている顔に気づいた。あっちも気づいたようで手をあげてくれた。


「柳生くん…!」
「こんにちは。これからお帰りですか?」
「うん。柳生くんは?」
「私は今掃除当番が終わったところです」


柳生くんと話すのは初めてじゃないし、優しいし、結構話しているつもりだったけれどなにか緊張している自分がいた。そして、気づく。2人きりだということに。今までは2人きりで話すなんてことはなかった。いつも間に誰かがいたように思う。それはほとんどが真奈美と仁王、ブン太なのだけれど。


「そうだ、柳生くん。真奈美になにか言ってくれた?運動苦手な真奈美が珍しく球技大会にやる気出してたから…」


あたしがそう言うと柳生くんは眼鏡の奥の瞳をまんまるにした。そして、まばたきを何度か繰り返す。そして、おずおずと聞こえた「なぜ私だと?」という言葉。そうか、今の言い方だとなんで柳生くんが原因だと思うのか分からない。


「真奈美がお昼休みに言ってたの。柳生くんが話を聞いてくれたって。朝には死にそうな顔してたのにお昼休みにはさっぱりしてたからなにかあったんだと思ったらあっちから話してくれて…」


いつのまにか1人でペラペラと話してしまっていた。柳生くんの顔をちらりと見るとほんのりと頬が赤らんでいて、口角が少し上がっている。細められた瞳はとっても優しい。あたしはそんな顔を見てしまったらなにも言えなくなってしまった。あぁこの人は本当に真奈美のことが好きなんだな、ってただそう思った。柳生くんの気持ちを知ったのはついこの間のことだし、2人が出会ったのもそんなに前のことじゃない。でも、それでもこの表情を見たら、あたしは改めてそう思ってしまったんだ。
ぼうっと柳生くんの顔を見ていたら、その視線に気づいたらしい柳生くんは「そうですか」と言って微笑んだ。その微笑みもただ談笑している時や困っている人に手を差し伸べる時の慈悲深いそれとは違う。多分、自分がどんな表情をしているのか自覚がないんだろう。見てしまったあたしの方が照れてしまっているんだもの。


「柳生くんはこれから部活?」
「いえ、今日はこれから少しだけ球技大会の練習をしてから部活に行きます」
「そっか!頑張ってね」
「ありがとうございます」


そのまま「では」と言って柳生くんは校舎の中へと消えていった。あたしはそれを見送ってからまた歩き始める。なんだかよく分からないけれど、涙がこぼれそうになった。だから歩く速度をあげてみたけれど、すぐにスピードは落ちてそのまま歩みは止まってしまう。
よく分からない感情が渦巻いて自分でもどうしてしまったのかと思う。ただ泣きそうなんだ。周りに人はいなくて、あたしは道のはじっこで突っ立っている。すぐ横には花壇があって、そこで咲いている花が目に止まった。あんまりにもきれいに咲いているものだから、涙でにじんでいる視界でも輝いて見えて、涙が一粒落ちた。なんであたしはこんなに寂しいんだろう。なんであたしはこんなに悲しいんだろう。咲いている花に問いかけてみても答えなんか出るわけなくてあたしはそのまましゃがみこんでしまった。



どうか憐れまないで

こんなあたしでも




title:クロエ
2011.08.15
2013.02.23




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