部活が終わってユニフォームから制服へと着替えている時だった。横にいた丸井先輩とその隣にいるジャッカル先輩に話しかける。2人はもうほとんど着替え終わっていて、ネクタイを結んでいた。


「そういえば弥生先輩に会ったんで今度の大会、真奈美先輩と一緒に見に来てくれって誘ってみました」
「へぇー。なんて言ったんだよぃ?」
「それが行けたらねってだけ。だから、まだ仁王先輩と柳生先輩には秘密っすよ。ぬか喜びになっちゃったらあれっすから」


口の前で人差し指をたててシーッて言ったら丸井先輩もジャッカル先輩も苦笑いした。そして、すぐに聞こえた柳生先輩の咳払いと肩にかかる重み。おそるおそる振り返ってみれば、仁王先輩は満面の笑みで俺の肩にのしかかっていた。笑顔なのが逆に恐ろしい。そして、その後ろの方で柳生先輩が少し顔を赤くして眼鏡を上げていた。2人とも今練習を終えたのかまだユニフォーム姿だった。


「もう聞こえてしまったぜよ」
「ちょ、重い重い重い重い!」


肩に体重をかけてくる仁王先輩の重さに俺は耐えられなくなってどんどんと姿勢が低くなっていく。もう限界だ、と思ったところでその重さは消えた。仁王先輩は自分のロッカーの前まで行くと平然と着替え始めた。柳生先輩はとっくに着替え始めている。


「先輩たちまだ練習してたんすか?」
「えぇ、少し調整したいところがありましてね」
「もしかしたら真奈美が見に来るかもしれんからの。かっこいいところ見せんとな」


仁王先輩は笑ってそう言いながらユニフォームを脱いだ。冗談なのかどうなのか、俺には分からない。柳生先輩は無表情で黙っていた。それを丸井先輩とジャッカル先輩はなにも言わない。目線をそっちに向けることすらなかった。
いつのまにか、俺たちテニス部レギュラーの中で仁王先輩と柳生先輩が真奈美先輩を好きだということは暗黙の了解になっていた。(真田副部長が気づいているのかは謎!)
でもそれは必然のようだったと思う。一緒に行動していたらすぐに気づくことだ。2人がギクシャクし始めた理由も、誰もなにも言わなかったけれど分かっているんだろう。だから俺も空気を読んでなにも言わなかった。まぁ、さっきので全部台無しなんだけど!
でもあっさり解放されるとは思わなかった。2人とも昨日を境になにか変わっていて、あんなに不調だったのが嘘みたいだ。


「そういえばさ」


俺が仁王先輩と柳生先輩の2人を盗み見ていると丸井先輩が声をひそめて言った。きっとその声はロッカーの近くにいた俺とジャッカル先輩、それに柳生先輩、仁王先輩くらいにしか聞こえていないだろう。それくらいに小さな声。


「昨日から柳がすごく機嫌がいいんだよな」


そのまま続いた言葉を聞いて俺たちはみんなホワイトボードの前にいる柳先輩の方を見た。そう言われてみればなんとなくいつもとは違う気がする。聡い柳先輩に気づかれてはいけないとすぐに視線を戻した。もうっとくに着替え終わっている。


「さぁな。でも柳があんなに目に見えて機嫌がいいのは珍しいよな」


ジャッカル先輩が答えた。みんなの視線はすぐに元のロッカーの方へと戻っているのにも関わらず、ただ1人仁王先輩だけが柳先輩を見つめ続けていることに気づいた。その瞳からはなにを考えているのかは読めない。


その後すぐに全員が着替え終わって揃って部室を出た。そして、並んで帰路を辿る。俺はもしかしたら弥生先輩たちが見に来てくれるかもしれないと思ったら、その足取りが軽くなるような気がした。関東大会が来るのがもっともっと楽しみになって、逸る気持ちが抑えられそうにない。弥生先輩が撫でてくれた頭にそっと触れた。



うたう心臓

俺はまだこの気持ちの意味を知らない




title:クロエ
2011.06.12
2013.02.23




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