ここ最近、仁王と比呂士がギクシャクしているのは誰の目から見ても明らかだった。2人ともらしくもないようなミスばかりだったし、よそよそしくしているのも、それに真田がイライラしているのも分かってた。けれど、俺たちは見ていることしかできないのだ。どんなに心配でも。なぜならば、それはあの2人の問題だから。

新しいガムを取り出して口にいれた。その瞬間に大好きなグリーンアップル味が口の中に広がる。今回のことで見ているだけっていうのも当事者と同じくらい苛つくものだと知った。
部活が終わって前を並んで歩く仁王と比呂士を見てみる。今日はその2人のペアと練習試合をした。ギリギリで俺とジャッカルが勝ったけれど、それは2人がミスをしたからだ。そんな勝ち方は嬉しくもなんともない。お互いに絶好のコンディションで試合をして勝つ。それこそが最高の勝ち方だと思うのだ。
そんなあまり気持ちのよくない勝ち方をした俺たちの前から2人はいつの間にか、消えていた。そして、気づいたらさっぱりした顔で戻ってきていた。あのどんよりとしたムードはどこに行ったのか。前の2人のテニスが戻ってきていた。それにテニス部全員が安心して笑ったのをあいつらは分かっているんだろうか?隣の赤也が俺と同じようにあいつらを見て「でも調子が戻って本当に良かったっす!」と言って笑った。後輩にまで心配させてどうすんだよ。ジャッカルは眉をよせて困ったように、でも笑って頷いた。俺はなにも答えなかった。頭の中では幸村くんに誓ったことと、今日の部活前の真奈美の声、今までの練習が駆け巡っていた。今度試合する時はお前たちが復活していようがいまいが、また俺たちが勝つんだかんなと、2人の後ろ姿に心の中で言った。

そういえば、と仁王たちよりも前を歩く柳を見た。部活に遅れてきたと思ったらとても機嫌がよかった。そして、俺は知っている。部室の近くで弥生と別れているのを。たまたまその場面を見ただけなのだけど。俺は弥生とは一緒に行動することが多いけれど、柳と2人でいるのは初めて見た。きっと柳が機嫌がいい理由は弥生じゃないのかなと思った。
仁王と比呂士が気まずくなった理由はきっと真奈美。いや、きっとなんてそんな曖昧なものじゃない。多分、気づいていないのは真奈美本人だけなんじゃないんだろうか。本人が気づいていないっていうのは弥生に聞いて驚いた。仁王があんなに優しい瞳をすることも、比呂士があんなに感情を露にするのも俺は知らなかった。知ったのは真奈美が来てからだ。
弥生と真奈美が来てから周りが少しずつ変わっていっているような気がする。柳と弥生の間になにがあったのかなんて知らないし、仁王と比呂士がどうやって問題を解決したのかも知らない。だけど、なにかが変わり始めているのは確かなんだ。ただ俺がその輪から少しだけ外れていることが寂しい。どれだけ心配してもあの2人は俺に一言も言葉をかけてはくれなかった。それが少しだけ寂しかったのだ。心にぽっかりと穴が空いたように。
季節はずれの2人の転校生がこのテニス部に変化を与えているのは事実。その変化がいいものなのか、悪いものなのか。ただ仁王と比呂士のペアが精神的に成長したのは確かだ。


「あー、恋してぇ」
「なんだよ、いきなり」


俺が呟くと隣のジャッカルが反応する。ただ、純粋に恋している仁王と比呂士を見ていたらなぜかそう思ったのだ。あぁ、でも、そうだ。


「俺はまだテニスが恋人かも」
「それって寂しくないっすか?」


赤也が眉を寄せて俺を訝しげに見ている。なんだよ、その目。お前は恋してるってのかよ。俺を差し置いて彼女がいるとか言った日はどうなるのか、分かってんだろうな。そういう思いをこめて赤也の頭をぐりぐりと押す。痛いっすよー、と言う赤也の声と止めに入るジャッカルの手。やめてもまだ赤也は痛いと言い続けていた。俺はそれをどこか遠くで聞いているような感覚に陥る。噛んでいたガムを膨らませながら空を仰いだ。日が長いからまだまだ空は明るい。夏が近い。暑い夏が。



不可解な孵化、
すなわち成長

それぞれの青春




title:クロエ
2011.05.14
2013.02.23




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