生徒会の仕事が部活の前にあった。その仕事を終えて、いつもより少し遅い時間に部室へと向かっていた。すると、少し前に見知った姿を見つける。滝沢だ。俺は歩いていた足を早めて追いつくと声をかけてその肩に手を置いた。


「滝沢」
「うわっ…。なんだ、柳か。驚いたじゃん」
「すまないな」


驚いて大きな声を出した滝沢だったが、俺の姿を捉えた瞬間に安心した表情になる。そして、そのまま並んで歩き始めた。そういえば、考えてみるとこうして滝沢と2人でいるのは初めてかもしれない。いつもは石橋や他のテニス部員がいたから。


「部活は?」


沈黙に耐えられなかったのだろう。滝沢の方が先に口を開いた。それに「生徒会の仕事があったんだ」と短く答えた。それには「ふーん」と返ってきて、一旦そこで会話が途切れた。


「滝沢は石橋と一緒じゃないのか?」
「一緒に帰ってたんだけどあたしが本返すの忘れてて先に行ってもらったの」
「そうか」


今度は俺の方から話しかけた。それもほんの少しの時間を埋めただけだったが。
俺はこうして2人になった時に聞きたいと思っていたことがある。俺は今がそのチャンスだと思った。周りを見回してもこの時間の校舎は人はまばらだ。聞くのは石橋でも良かったのだが、今回のことを逃すと次にいつこのような好機が訪れるか分からない。
なぜ2人きりが良かったのか。それにはきちんと理由がある。相手が1人の方が不安感が出て答えにつまりやすい。そこを崩していくという方法が1番手っ取り早い方法だと思ったのだ。


「そういえばお前たちは2人で暮らしているんだったな」
「…うん」


その話題を出した瞬間に滝沢の顔色が一瞬にして変わったのが分かる。やはり、なにかあるのか。横にある滝沢の頭を見た。身長差のせいでつむじがよく見える。それに気づいたのか滝沢が顔を上げた。その瞬間に目と目が合う。


「どうしてこんな中途な時期に転校なんだ?」
「親の転勤が急に決まったの」
「2人同時にか?」


視線を合わせたまま話を進めると滝沢の瞳が揺れた。そして、答えが返ってこない。動揺しているのが容易に見てとれる。少ししてから震えた声で「そうなの。すごい偶然でしょう?」と言う。明らかに作られた笑顔が強張っていた。


「ほぅ。しかし、それは2人で暮らす理由になるのか?」
「どういう意味?」


歩みを止めて問うてみれば、滝沢の顔が険しくなった。きっと俺が本当に聞きたいことに気づいたのだろう。


「親の転勤で転校ということは親についていくからということが普通だと思う。それならば2人で暮らす必要はない。そして、2人で暮らすというのならば今までの学校で充分だったのではないか?」


俺がずっと疑問だったことを口にすると今度は不自然に目を逸らして黙った。そして、その逸らした目をきょろきょろと動かした。表情がころころと変わる。2人きりの時に聞くのが1番崩しやすいという俺の考えは合っていたのだ。
先の質問にもなんとか答えたという様子だったが、今回の問いにはさすがに答えられないか―そう思った時だった。滝沢が口を開いた。


「あたしたち今まで公立の学校に通ってたの。でもあたしたちの両親がいつ帰ってこれるのか分からないから進学も安心な大学までエスカレータ式のここに転校したってわけ」


一応、理論の通った説明だったが滝沢の態度がおかしかったことから今できたでまかせだということは分かっていた。けれど、一瞬でここまで考えたということに驚く。素直に感心した。


「あたしたちワガママ言ったの。どっちの親も海外転勤みたいだから。真奈美とも離れたくなかったし、日本からも離れたくないってね。あたしたち小さい頃からずっと一緒なのよ」


滝沢は顔を上げて自信ありげに言った。いつもより言葉数が多く、顔は青白いまま。俺はそれについ笑ってしまった。そんな俺に滝沢が鋭い表情を向ける。それにまた俺は笑ってしまった。


「そうか。では、今はそういうことにしておこう」
「はっ?」


俺の言葉に素っ頓狂な声を出して訝しげな目を向けてくる滝沢に俺は微笑んだ。それでもまだその視線は治まらない。いや、むしろひどくなっているようだ。これからもきっと俺に対して警戒心を露に示すだろう。
なぜ転校の理由を隠すのか。なぜこのような不自然な転校の形をとったのか。疑問に思うことはたくさんあった。だが、今日はこの辺でやめておくことにしよう。



きっと騙されていたいのだ

頭の回転の早さに目眩




title:クロエ
2011.05.07
2013.02.23




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