お昼休みになり次の授業が移動教室だということに気づいた。昨日の化学の時間に次は実験をするから化学室に集合だと言っていたはずだ。真奈美さんが転校してきて初めての実験だから場所が分からないかもしれない。一緒に行って案内しようと勝手に考えて少し胸が弾んだ。しかし、昼食を摂り予鈴がなるまであと10分となる頃になっても教室には真奈美さんの姿が見えなかった。1人で教科書を持ちながらそわそわして廊下を見てみると仁王くんと一緒に話しているのが見えたので近づいてみる。


「真奈美さん、次は移動教室ですよ」
「あぁ、そうだった!化学室だよね?」


真奈美さんは私に気づくとにこりと笑った。そして、私の話を聞いて慌て始める。仁王くんはおもしろくないといったような表情を浮かべて見ている。それを無視して私は話を進めた。


「え、どうしよう。化学室分からないかも」
「そうじゃないかと思いまして。よかったらご案内しますよ」
「本当?ありがとう!じゃあ、教科書とってくるね」


仁王くんに「それじゃあ、またね」と手を振りながら言って真奈美さんは教室へと駆けていった。私はそれを追いかける。仁王くんはなにか言いたそうにしていたけれど、結局なにも言われることはなかった。振り返って仁王くんを見てみるとまだ不機嫌そうにこっちを見ていた。それに私は優越感を覚え、そしてその直後に自己嫌悪に陥る。あぁ、なんてことでしょう。私としたことがこんなことで優越感を感じてしまうなんて。
教室の出入り口でおもわずため息が出てしまった。すると、ちょうど教科書を持って戻ってきた真奈美さんが「どうしたの?大丈夫?」と私の顔を覗き込む。それに私はにっこりと笑って「なんでもありませんよ。さぁ、行きましょうか」と、化学室までの道を歩き始める。できるだけ、真奈美さんには私の汚い部分や弱いところを見せたくないと思った。
歩幅の違う真奈美さんに合わせてゆっくりと歩みを進める。その間も話し続けて笑いかけてくる彼女はとてもかわいらしいと思う。いつからなんてよく分からない。
転校初日、転んだ時に声をかけたのはいつもの自分なら当たり前のことだ。転んでいる人を見かけたら手を差し伸べるのも、怪我をしている人にハンカチを差し出すのも至極当然のことだと思っているからだ。翌日にハンカチを買って返された時は正直困ったことを記憶している。自分はそんなつもりではなかったし、余計な気を使わせてしまったと後悔した。けれど、真奈美さんは前日にしてくれたことが嬉しかったと言ったのだ。その言葉で私も自分自身の行いでこんな風に思ってくれる人がいるのだと思い嬉しくなって、そのハンカチを受け取ったのだ。もしかしたら、その時にはもう私は真奈美さんに好意を抱き始めていたのかもしれない。その後に彼女が仁王くんの顔をきれいと言ったことや、真奈美さんを見つめながらおもしろいと呟く仁王くんに苛立ちを覚えたのだから。そして、その日の放課後。私と仁王くんの入れ替わりに気づいたという真奈美さん。その時から少しずつ私はこの気持ちに気づいていった。
なぜだろうか、誰にも気づかれることのなかった完璧な入れ替わり。それに勝利を見いだしていたのも事実。けれど、自分が自分でなくなってしまうような、自分が誰なのか分からなくなってしまうような恐怖がそこにあったのも事実なのである。それを彼女が入れ替わりに気づいてくれたことで私は救われたのかもしれない。彼女が理屈じゃ説明できない、雰囲気、そんな風に曖昧な表現ではあったけれど、確実に私は存在していて、彼とは別の人物なのであると教えてくれたのだ。
しかし、こんな早いスピードで人に惹かれるということに驚いているというのも正直なところである。そしてそれはきっと自分だけではないだろうということにも気づいている。さっきの仁王くんの不機嫌そうな顔を思い出した。
彼とはダブルスを組んでいるというのに最近はギクシャクしていて簡単なミスばかりしている。それはきっとお互いの信頼関係にヒビが入り始めたためだろう。真田くんも声を荒げて「たるんどる」と言うくらいに今の私たちはひどい状況にある。互いに原因は分かっているのだ。それにも関わらず真奈美さんの名前は出さずに水面下で探り合っているよう。どうにかしなければいけないと思った。もうすぐ関東大会だ。私たちにかかっているのは全国大会三連覇。


「あ、化学室だ!柳生くん、ありがとう!」


けれど、そう言って笑う真奈美さんを見れば心が暖かくなって、かわいいと思ってしまう。それと同時にもう少し2人で歩いていたかった、もう着いてしまったのかというマイナスな気持ちも出てくる。
そして、そんな私はどうすればいいのだろうか、とまた悩み始めるのだ。



そうです恋の道化です

あぁ、どうしましょう




title:クロエ
2011.05.03
2013.02.23




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