あたしと真奈美はテニス部のみんなと別れて、校門を通って学校から出た。そしてそのまま今日の晩ご飯と明日のお弁当の材料を買うために途中にあるスーパーを目指しているところ。今日はたくさんの人と出会う日だった。
「あーあ。聞かなきゃよかったかなぁ」
歩きながらそう言ってため息をついた。そんなあたしに隣を歩く真奈美は微笑みかけてくれる。それだけであたしは少しほっとしてしまうのだ。
「確かに空気は重くなっちゃったけど別に気にしなくてもいいと思うよ。信念はきちんとあったし、真田くんが言ってくれた言葉は本物だよ。周りのみんなもその通りって表情だったし。それは弥生も感じたでしょ?」
あたしは空を仰いでさっきのことを思い出す。真田くんのしっかりとした口調、みんなの自信に満ちた表情。真田くんの言葉は確かにあたしも本物だと思っている。うん、と頷けばまた真奈美は微笑んだ。
「なんかあたしテニス部のみんなが人気あるの分かった気がする」
「うん、私も。みんなかっこよかったね」
「顔だけかと思ってたけどそうじゃないんだね」
「ねー。優しいしねー」
2人で目を合わせて笑った。なんだかさっきまでの重い気持ちはどこかにいってしまっていた。この世界でも人は懸命にものごとに取り組んでいて、どこも前の世界とは変わっていない。でもだからこそあたしは前の世界が恋しくなって、この世界は本物なのかと考える。その考えが浮かんだところでこの世界に着た時に貰った手紙の一文を思い出した。
ほとんどが今までの世界と同じですが生活していくにつれてきっとその違いを感じていくことになるでしょう。
まだこの世界に来て4日目。きっとその違いについて知るのはもう少し先のことなのだろう。それまではこの信じられない気持ちが続くのかもしれない。
黙り続けるあたしの左手が急に握られた。驚いて隣を見れば前をしっかりと見ている真奈美。
「今日はなに食べたい?腕によりをかけて作りますよー」
「そんな腕ないくせに」
「ひどっ」
きっとあたしの考えていることが伝わってしまったんだろう。あたしも真奈美も直接口には出さないけれど。憎まれ口を叩きつつもあたしは手を握り返して頬をゆるませた。それはわざと作ったような笑顔なんかじゃない。真奈美があたしにくれたものだ。
「グラタン食べたいなぁ」
「よっしゃ、まかせない!」
真奈美はあたしと繋いでいない方の手―左手で握りこぶしを作って掲げてみせた。それから、グラタンの材料を1つ1つ指折り数えていく。マカロニ、ハム、チーズ…。それを聞きながらあたしはまた笑ってしまった。
真奈美はなんなんだ、と少し訝しげな顔をした。幸せだなぁと思ったんだよ―声には出さずに言う。この気持ちもさっきみたいにきちんと伝わるといいなと思った。
この世界も回っていて、きっとあたしたちが前にいた世界も回っている。
前の世界のことを考えると寂しくもなるし帰りたいとももちろん思う。けれど、この世界でも幸せを感じることはできるのだと知った。
てをつなぐということ
それはあたしたちの絶対的合図
title:クロエ
2011.04.26
2013.02.23
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