部活が休憩時間に入り私は休んでいた。そこに石橋さんの声が聞こえた。一緒にいるのは昨日見たお友達だろう。その足取りからしてこのテニスコートの方に向かっていることが分かった。
なんの用だろうと思い、話しかけに石橋さんの近くに行こうとした。けれど、その時に私は今自分が自分でないということを思い出す。仁王くんと入れ替わっていたのだった。なんて説明すればいいのだろうか。そもそもこの姿で近づいてもいいのだろうか。そう悩んでいるうちに石橋さんの後ろに自分が立っていた。いや、あれは私ではない。私と入れ替わっている仁王くんだ、と思い直す。
2人を遠くから眺めていた。なんだかおかしい風景だと思った。私はここにいるのに私が石橋さんと話している姿が見える。こんな客観的に自分の姿を見るのは初めてではないけれど、いつまで経っても慣れない。
そして、それと同時に私はなぜだか腹が立っていた。なんなのだろうか。この気持ちは。お昼休みに仁王くんが笑いながら石橋さんを「おもしろい奴だ」というのを見た時も私は今のようになぜかふつふつと静かに、でも確かに怒りを感じていた。
視線をあの2人へと戻した。すると、石橋さんと話しているのは私ではなく、仁王くんになっていた。変装をといたということか。丸井くんと石橋さんのお友達が2人に近づいていく。そして、聞こえた丸井くんの大きな「まじで!?」という声。その声に驚いて、なにかあったのだと、私は変装をといて近づいていった。


「なにがあったんです?」
「あ、柳生くん!」


近づいていくと丸井くんが石橋さんとそのお友達に私と仁王くんの入れ替わりの説明をしているところだった。そこになにがあったのか問いかけてみれば、みんなの視線が一斉に私へと集中した。


「変装といたんか?」
「えぇ。だって仁王くんが2人も一緒にいたら不気味でしょう?」
「なんじゃ、機嫌が悪いのぅ」
「そんなことはありません。あなたこそなぜ変装をといたのですか?」
「見破られた」
「え?」


もう一度仁王くんに問い返してみるとまた静かに「見破られた」とだけ返ってきた。それに驚いていると「石橋にな」と仁王くんが指をさす。指をさされた本人は照れたようにはにかんだ。


「なんかね。雰囲気が柳生くんじゃないなと思って。で、この雰囲気は仁王くんかなと思って」
「そんな…」
「そういうわけじゃ」


今まで誰にも見破られたことはない。今日だって誰にも知られずに私たちは入れ替わり、さっきまでみんな私のことを仁王くんとして接していた。だから、私は信じられずに石橋さんのことをじっと見つめてしまった。すると、視線が合って微笑まれる。なぜか、心臓がどくりと跳ねて、思考が止まったけれど、私はきちんと笑みを返すことができた。


「理屈じゃ説明できないということか?」
「そうですね。ただなんとなく違うなって思っただけなんで…。あ、でも仁王くんって分かったっていうのには理由があります」
「ほぅ。どういう理由だ?」


柳くんが石橋さんに問いかけた。石橋さんはそれに私と話したことを知っているのは仁王くんだけだと思ったからだ、と答えた。「まぁ、それでもやっぱり雰囲気が決め手になったのだけれど」と付け足して。けれど、柳くんを誰なのか分かっていないようで不思議そうな顔をする。お友達もそのような表情をしていた。柳くんはそれに気づいたのか微笑んだ。


「すまない。俺は3年F組の柳蓮二、テニス部だ。2人は噂の転校生か?」
「そうなの。あたしはB組の滝沢弥生です」
「あ、A組の石橋真奈美です」
「お前がもう1人の転校生か。なんか今更だけど俺、滝沢と同じクラスの丸井ブン太ってんだ。シクヨロ」


いつのまにみんなで自己紹介をする形になっていた。そこで私も初めてお友達の方の名前も知る。昨日、2人に名乗っていた私ともう2人と顔見知りである仁王くんは黙ってその様子を見ていた。今日は丸井くんが石橋さんを見たいということで2人はここにやってきたのだと知る。


「ねぇ、柳くん。私たち噂になってるの?」
「あぁ、2人一緒の転校だったからな。それにこの中途半端な時期に。そのために少しだけ噂になっている」
「まぁ、それは仕方ないか」


2人は向き合いながら笑って仕方ない、と繰り返す。その様子に2人が本当に仲がいいということが容易に見てとれた。それと同時に私は柳くんの言葉に引っかかった。


「お2人とも昨日転校されてきたのですか?」
「あ、うん。そうだよ」
「比呂士、今知ったのかよぃ」
「えぇ。石橋さんは知っていたのですがね。そうと知っていれば昨日きちんと保健室へご案内したのですが…」
「大丈夫!ちゃんと弥生が場所知っててきちんと辿り着いたから」


私が謝ると石橋さんも滝沢さんも謝る必要はないと笑ってくれた。「お礼を言うのはこっちの方だ」と。しかし、それとは別に後ろの方で仁王くんの「普通、転校1日目で他のクラスに友達なんてそうそうできんじゃろ」という言葉が小さく聞こえて思わず肩が下がってしまった。それも、石橋さんと滝沢さんに慰められる形になった。「大丈夫だよ!2人一緒に転校してくるなんてことも滅多にないから」という言葉で。その2人の大丈夫という声を遮るように真田くんの声が聞こえた。


「お前たちなにしてるんだ?」


休憩時間だからなにもとがめられることはないというのに丸井くんの肩がビクンとはねるのが見えた。石橋さんと滝沢さんはそれを見てキョトンと瞳をまんまるにし、私と仁王くん、柳くんはくすりと笑った。



曖昧にもつれほつれてゆく

それは私たちの知らないところで




title:クロエ
2011.04.23
2013.02.23




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