「メンドくさい子はきらいなんだけどおー」

正門のどっしりした柱に寄りかかるようにして立っていた彼を見つけたとき、今までなんともなかった目元がふいに熱くなる。一瞬だけ温かく滲む水分は、けれどすぐに吹く風の冷たさに触れてわたしを冷やす。

「うりゃ、めそめそすんなっつーの」

遠慮のない手はわたしの左頬をぐいーっと引っ張って、生意気そうな顔をして二口くんはわたしの顔を覗きこむ。

「めそめそなんて、してないもん」
「あっそ」

興味なさそうな声音で。
ただ触れられた手は驚くほど冷たくて、鼻も赤くなってて、唇はちょっと震えていた。

かさかさ音を立てて枯れ葉が転がって行く。肌に突き刺さってくるような攻撃的な風がますます惨めにさせるはずなのに、すぐそばに誰かの温度を感じるとそれがすこし和らぐ。
 
二口くんはわたしのコートの袖口を掴むと、ぐいぐい引っ張って歩いて行く。
マフラーが肩から落ちそうになるのを直して前を向くと、夕陽が空を優しい色に染めていた。
乾いた寒々しい空の青はいつの間にか白っぽく存在感を潜めて、暖かい橙がじんわり広がる。優しい時間はそう長くはなくて、夜の気配が周りに静かに佇んでいる、けれどちっともこわくない。

生まれて初めての告白と、見事なまでの失恋は、きっとこの景色と一緒にしまい込むんだとふと思った。

「あー、もう限界。さっみいわ」

突然方向転換して角を右に曲がる彼に引っ張られてついて行こうとしたとき、急に風がびゅうびゅう顔にぶつかってきて今まで彼の背中の後ろがどれだけ快適だったのか知る。
バーガーショップに入ると、わたしたちみたいに制服を着たひとたちがお客の半分以上を占めていて、仲よさそうに向かい合わせで座っている男女2人組にはわたしの理想が詰まっていた。わたしもそうなりたかった。また目の上のとこが熱くなってきそうだったからあわてて上を向いたら二口くんのくりくりした目とぶつかった。

「おまえ鼻赤い」
「…自分だって人のこと言えないくせに」
「かっわいくねぇの」
「二口くんもかわいくない」
「うるせ。かわいいっつーの」

真面目な顔してそんなことを言うせいで、つい笑ってしまう。
泣きそうになっていたくせに不謹慎な気がしておそるおそる二口くんを見たら、今まで一度も見たことのないぐらい優しい顔して笑っていた。
なぜか急に恥ずかしくなってマフラーに顔を埋めて隠すと、カウンターに繋がっている列が進んでわたしたちの番になった。

「お前、何にする?」
「…シェイク」
「ばか?」

さっき見たのは幻覚だったのかと疑ってしまいたくなるほどいつもの小憎らしい顔した二口くんは、一歩下がっていたわたしの袖口をさらにぐっと引っ張ってメニューの広げられたカウンターの前に立たせると、温かい飲み物のところを呆れた顔して指差した。

「…あったかい紅茶」
「紅茶な。ちょっと先座って席とっといて」

背中を押されてテーブル席のほうへ促されるまま足を進めると、窓際の2人席がちょうど空いていた。
外はいつの間にか日が完全に落ちていて、真っ暗になっていた。
この暗い道を一人で帰るには今日は耐えられそうになくて、それを知っていて彼が待っててくれたのかどうかはわからないけれど、ありがたかった。
山盛りのポテトと紅茶ともうひとつ飲み物をトレーに乗せて二口くんが戻ってきたときにほっとしたのはそのせい。

「二口くん、飲み物何にしたの?」
「…シェイク」
「…ばか?」
「うるさい。言われたら飲みたくなったんだよ」

お財布から500円玉を出して「足りる?」と聞くと、「いらねー」と突っ返される。

「お前に貸しふたつだからな」
「ふたつも?」
「紅茶と寒い中待っててやった俺えらい、のふたつ」
「うん。あとでちゃんと返す」

言えば、二口くんは「ばーか」と笑う。
トレーにはポーションミルクと砂糖がちゃんと乗っていて、足先は温かくなってきた。




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