きらめきはじめた街はなんだかせわしなくて、ああ、今年ももうそんな季節か、と空を仰ぐ。雪がとける前にわたしたちは卒業して、袖口が少し汚れたこの白い制服ともさよならすることになる。桜が咲く頃にはもう別々の道を歩き出していて、あっという間だ。
イルミネーション見に行こうよ。
何を思ったか、先週、及川が言い出した。みんなで、と付け加えて。じゃあ後輩たちも誘うかと、岩泉が1、2年の部員たちにも声をかけたらしい。及川がメシおごるって。その言葉にほいほいと釣られた人もいれば、仕方なくついてきた人もいる。少し後ろを歩く彼は、後者。わたしたちはいつの間にか列の最後尾になってしまっていた。

「国見ちゃん」
「…はい」
「なんか不機嫌?」
「そんなことないです」
「ならよかった」

国見ちゃんは鼻を覆うほどぐるぐるにマフラーを巻いている。目から読みとった表情は、たしかに不機嫌ではなさそうだ。
珍しいな。突然、前を歩いていた岩泉が振り向いて言った。何も言い返せずにいると、何がですか、と代わりに国見ちゃんが答えてくれた。

「おまえら。二人で会話してんの、珍しくねえ?」
「そうですか?」
「や、二人でっつーか、国見が女子と会話してんのが、か」
「バレー部に女子わたししかいないからでしょ」
「ああ、それもそうか」

それだけ言うと岩泉はまた前を向き直した。ふう、白い息がふわりと舞って消えてゆく。
2つ下の後輩を好きになるとは思わなかったし、同じように好きになってくれるとは思ってもみなかった。インターハイ予選が終わった夏の日のこと。たまたま一緒になった帰り道、失恋覚悟で好きだと伝えたら、俺も好きです、と言ってくれた。照れたのを笑ってごまかそうとする国見ちゃんの表情を、今でもよく覚えている。この子、こんなやわらかい表情で笑うんだ。じゃあ付き合いますか、と晴れて彼女になったわたしの隣を、あれから一緒に歩いてくれている。言うタイミングを逃したのと、気を遣われても面倒だからとみんなには報告しないままだ。金田一にだけは話したらしく、以来、わたしが話しかけるたびにやたらと意識しているのが見てとれて、それをおもしろがっているのも事実。

「先輩、手袋もマフラーもしないで寒くないんですか」
「寒いよ。朝バタバタしてたから忘れちゃって」
「はあ」
「そんな面倒くさそうな顔しないでよ」
「風邪引きますよ」
「じゃあそれ貸して」

それ、と国見ちゃんの首元をぬくぬくと守っている黒のマフラーを指差す。これ?うん。

「いいですけど、バレますよ」
「わたしはバレてもいいんだけど」
「…俺も別にいいですけど」

巻いていたマフラーをしゅるっと外して、どうぞ、と手渡された。ありがとう。受け取っていそいそと自分の首元に巻きつける。国見ちゃんの体温が残っていて、あったかい。そこに顔をうずめると、洗濯洗剤みたいな、やさしくてさわやかな香りが舞った。

「あったかい」
「俺は寒いです。首スースーする」
「あは。ごめんごめん」
「あれ。みょうじがしてんの、それ国見のじゃね?」

横断歩道の信号待ちで立ち止まっていると、振り向いた花巻に二度見された。あ、本当だ。なに後輩からたかってんだ。及川や岩泉が口々に言う。

「よく気付いたね」
「そりゃ気付くだろ。おまえいつもしましまのやつしてるべ」
「岩ちゃん、しましまって!ボーダーって言って、ボーダー」
「うるせー及川」

やいやい騒がしいやつらを横目に国見ちゃんを見ると、頬と鼻の頭が真っ赤に染まっている。マフラー返そうか?小声で訊くと、大丈夫ですと返ってきたものの、あんまり大丈夫じゃなさそうだ。信号が赤から青に変わり、ふたたび歩きはじめる。あのさぁ!横断歩道を渡り終えたところで声を上げると、みんな歩きながら振り向いたりその場に立ち止まったりした。

「黙ってたけどわたしたち、付き合ってんだよね」

みんなの視線がわたしたち二人に集まって、変な汗をかいてしまいそう。まじか!とひとり、声を上げた岩泉以外、他の人の反応は極めて冷静だった。あれ、話聞いてたかな。

「なまえ、俺たちそんなの前から知ってたよ」
「え?うそでしょ」
「あ?なんだ及川テメー知ってたのか」
「っていうか気付いてなかったの岩ちゃんだけでしょ」
「え、まじで?」

きょろりと視線を動かして、岩泉はみんなの表情をうかがう。わたしと国見ちゃんも同じようにぐるりと見るとどうやらそのようで、目が合った矢巾や金田一には大袈裟に視線をそらされた。

「国見ちゃんもなまえも、そういうことはもっと早く言ってくれないと」
「それな。俺ら知らんぷりすんの大変だったんだけど」

及川に続けて松川が言った。練習中、やけによそよそしくしてたのがおかしかったとか、最近、国見ちゃんが溝口さんからどやされる回数が減ったとか、みんな好き勝手なことを言っている。うるさいなぁ、もう。

「で?国見ちゃんとなまえ、二人で行きたいなら行けば?俺らこっち行くから」

何か裏があるんじゃないかと思うくらい。こっち、と向かって右を指差して、及川は大袈裟ににっこりと笑う。どっか行けよリア充が。爆発しろー。花巻も松川も言いたい放題だ。どうする?目配せすると、そうしましょうかと国見ちゃんが言う。

「じゃあ遠慮なく」

国見ちゃんはぺこりと軽く頭を下げてから、さっき及川が指差した方向とは間逆、左に向かって足早に一人で歩き出した。遅れて追いかけると、背中から冷やかしの声が飛んでくる。振り向いてみると、なんだかんだ言いながらもみんな笑って見送ってくれていて、恥ずかしいのとうれしいのとでいっぱいになった。ここ曲がりましょう。右手に伸びる細い路地を入ったところで、ふう、と国見ちゃんは息をついた。

「みんなにバレてたんだね」
「全然気付きませんでした」
「あはは。わたしも」
「まあ話が早いんで助かったけど」
「そうだね」
「先輩。俺、寒いんで、手つないでもいいですか」

やさしい声と、やわらかい眼差しが降ってくる。国見ちゃんってそういうこと言える子なんだ。びっくりした。いいよと言いながら国見ちゃんの手をとると、その冷たさにもっと驚いた。冷たいよ。誰かさんにマフラー取られたんで。ごめんなさい。ははは。笑い声は、シンと冷えた空気を揺らす。

「国見ちゃん。イルミネーション楽しみだね」
「俺、昔見たことありますけどね」
「それ言わないでよ。わたしだってあるけど」
「すみません」

冬は好きだ。手を繋いだり、くっついてみたり、寄り添うための理由になるから。幸せだな、と思う。思ったら、なんだか気持に拍車がかかったみたいで、歩幅が大きくなる。
「先輩、転けますよ」
国見ちゃんが怒ったように言う。思わず笑ってしまったわたしを見て、彼もつられて笑った。冬が過ぎれば春がきて、きっとこんなふうにそばにはいられなくなる。それでも幸せだと思えるのはたぶん、君がここにいるからだと気付いてしまった。









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