目が覚めて、冷たい空気が頬にあたるのを感じながら体をもそもそと動かす。秋を感じる間もなくすっかり冷え込んだ11月中旬。布団を被っているとは言え、寒いと感じるものだ。そして今日も例外なく寒い。寒い、と思った次には甘い匂いがして脳は完全に覚醒する。甘い、チョコのような匂い。
頭だけを動かしてその匂いの在処を探し出そうとすると、湯気の立つマグカップふたつを手に持った京治がそこにいた。

「あ、起きたんですね。おはようございます」
「おはよ…」

ココア、飲むでしょう?っと差し出されたマグカップをじっと見つめる。そういえば今日がお互い休日だということもあり、彼が私の部屋に泊まっていたことを思い出す。恋人同士、同じ布団で寝たはずだ。同じ布団で寝て、起きたら隣にいて、おはようって。同じ布団の中で言うんだ。確か寝る前にそう期待していた気がしたけど、その期待はあっさり打ち砕かれてしまったようだ。
差し出されたマグカップをなかなか受け取らないどころか体を起こしもせずじっと見つめる私を不思議に思ったのか、彼は近くにあった丸テーブルにマグカップを置いて、どうしたんですか?起きないんですか?っと聞いてきた。

「京治、」
「ん?」
「なんで先に起きてるの…」
「なんで、って。目覚めちゃったから」

だってもう8時ですよ?なんて首を傾げる彼をジトっと見つめる。いや、睨むと言ってもいいかもしれない。もう8時ですよ、じゃない。こちらからするとまだ8時ですよ、だ。せっかくの休日に何故もっと布団の中にいないのか。何故8時に起きる必要があるのか。
私より一つ年下の彼は大学2年生で、高校生だった頃でこそ部活の朝練で毎朝6時、もしくは5時起床、なんてことも多々あったようだが。現在所属しているサークルでは朝練なんてものはないそうだし、彼の家が大学からもそこそこ近い為、朝はそこまで早くなくても心配ないはずだ。少なくとも6時起床なんてことはしなくていいはず。それなのにだ。彼は今でも平日は午前6時前後には起床するらしい。なんでも先ほど言ってたように、目が覚めちゃうから、らしい。体内時計とでも言うべきか、それはそれは健康的で素晴らしいとは思う。そう思う、けど。今日は休日じゃないか京治くん。休日くらいもう少し、もう少し布団の中でいたいじゃないか。
そう訴えを込めて向けた私の目をまっすぐ見つめ返したまま、起きないんですか?と再び彼は問う。

「ココア冷めちゃいますよ。昨日、朝一でココア飲みたいなぁって言ったのなまえさんでしょ」

いつもの表情で、淡々と言う彼の言葉にああ、と思い出す。確かにそうだ、朝起きたらあったかいココアが飲みたいなぁなんて言ったのは私だった。その希望を早速叶えようとしてくれた彼は本当にできた恋人だと思う。彼のしたことは何一つ悪くないしむしろ評価に値することだ。こんなジトっとした目で見られるような覚えは何一つないのだろうし、実際何もない。
だけどね京治くん、私という人間はとても我侭でめんどくさい生き物なんですよ。
朝は寒いだろうから、暖かいココアが飲みたいと思ったのは昨日で、今はココアよりも断然布団の温もりがほしい。

「京治、」
「…なんですか」
「寒いよぉ」
「だからココア飲んであったまりましょ」
「ううう…ここから出られない…」
「なに言ってんですか」
「もうちょっと、もうちょっとだけでいいの、お布団に」

いさせて、と小さい声で言えば彼はフゥ、と一つ息を吐く。これはきっと、しょうがないですねって言ってお許しをいただけるパターンだ。よし、これであと約1時間このぬくもりの中にいられる権利を確保できた。でも、このままひとりで布団の中よりももっとあったかくなる方法を私は知っているのだ。

「しょうがないですね、あと少しだけですよ」
「うん」
「ココアはまたあとで温め直せばいいですし」
「ねぇ、」

なんですか、とこっちを向いた彼に手を伸ばす。指先に冷えた空気が触れて早く引っ込めたくなった衝動を我慢。彼はその手を一瞥して小さく息をこぼし、なんですかと笑った。

「京治もいっしょに」
「俺もう眠くないですよ」
「うん、でもいっしょに」
「…しょうがないですね」

そう言って私の手を取り布団の中に潜り込んだ彼をぎゅっと抱きしめる。別に私だって眠い訳じゃない。まだこの中にいたいだけ。うん、これが一番、あったかい。彼の胸にぐりぐりと自分の頭を押し付けると、彼は片方の腕を私の腰に回して、もう片方の手で頭をポンポンと優しく叩いた。

「ココア、ごめんね。せっかく用意してくれたのに」
「いいですよ」
「あとで飲むから」

朝ご飯は私がつくるからと私が言えば、一緒につくりましょうと彼が笑って。その笑顔はあまりにも優しくて、嬉しそうで。彼のこの笑顔に私も嬉しくなって、いつも口元が緩んでしまうのだ。

「なまえさん、」
「うん?」
「布団はやっぱりあったかいですね」
「そうだね。でも、京治といっしょだからこんなにあったかいんだよ」

得意気に言ってみれば、彼は少しだけ照れたように笑った。






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