「こらぁ」

やさしい声が降ってきた。
ぼんやりと薄開けた瞼、まず目に映ったのは気だるい午後のワイドショー、それから、窓枠の外で未だちらつく雪で、相変わらず重たく灰色をした空が落ちてきそうだ

「今寝てたろ!コタツで寝ると風邪引くんだぞ」
「寝るつもりはなかった…ただ寒くてあったかくて…」
「どっちだよそれ、寝ぼけてんの?」

キッチンから戻ってくるなり、わたしの姿を見てふはっといつものように噴き出して笑う彼の手にはふたつのマグカップ。その声は、外が寒いせいなのか今日は一段とあったかい。そんな彼から、練習ないからウチ来れば?なんて珍しいお誘いを受けたのは昨晩のことで、わたしはというと二つ返事。久しぶりに二人で、ゆっくりと過ぎていく時間を貪れる日だと言うのに、朝からこの曇天、終いには大雪。わたしが何をしたと言うのか、ねえ神様

「雪道疲れたよな?ごめんね俺がお前んち行けばよかったよね」
「いや、こんなの地元っ子としては慣れてるし平気、それに、」
「それに?」
「…なんでもなーい」
「なあに!気になるだろその言い方!」

再びコタツ布団に潜りながら、わたしの目の前にほかほかと湯気の立ったホットココアを差し出した彼が、むっとこっちを見ているのを視線だけ感じて、そのあと、口を閉ざす。わたしがそのまま何も言わないからなのか、後頭部のあたりをくしゃり、何か言いたげな彼の、左手の指がわたしの髪を撫でた。

別に彼と何をしたいとか、どこへ行きたいとか、そんなことはどうでもいい。こたつの中に伸ばした足で、隣に座る彼の足をつんつんとつつきながらそんなことをぼんやり考えた。隣にいてくれるだけでいい。笑ってくれたらいい。そうして髪を撫でてくれたらもっといい。まだわたしの思考回路の邪魔をする眠気のせいなのか、外に降る真っ白な雪のせいなのか、少しだけさみしいような、切ないような、そんな気持ちになった。

「ねえねえ孝支くん」
「どした?」
「手ーつないで」
「ん」

そっと握られた右手がただ優しい。
なんだかこうして大きな彼の手に触れるのも奇跡みたいに嬉しい。そう思った途端、ぼんやりと熱っぽい頬を誤魔化したくて机に突っ伏してみたけれど、ひんやりと冷えた小さな机の上では、余計にその熱が浮き彫りになっただけだった。じっと見つめた視線の先、その柔らかな色をした瞳がわたしを見つめる。冷やされる筈だった左の頬が、まだ熱い。

「ふは、」
「何笑ってんのー」
「や、俺いますんげえ幸せだなーって思っただけ」

彼がすこし照れ臭そうに笑いながらそんなことを言うもんだから、思わず泣きそうになって、相変わらず見てもいないテレビに目線をやって誤魔化した。一緒にいられたら、もう、それだけで。わたしだって同じ気持ちだ。

繋いだ手をどちらからともなく握り直して、しっかりと結んで、これから先この手はきっと離れないでいてほしいとこころの底から思う。嬉しくても悲しくても、隣にいるのはやっぱりどうしても、君がいい。離したくない、離してほしくない。

「うー、帰るのやだなあ…」
「んー帰らなければいいんじゃね?」
「そっか、…え、なん、それどういう」
「そういう意味ですー」

珍しく、不敵な顔がわたしを見つめて笑っている。尚更温度の上がった頬に、態とらしくキスをひとつ落とされて、わたしはもうどうしようもなくこの時間が愛しかった。ふんわりと立ち上る甘いココアの香りと、もう気にしなくていい時計の音。呼吸のひとつひとつ。彼とわたしの全て。

夜は、まだ長い。









- ナノ -