東北の冬はさむい。
東京から引っ越してきて1年が経った。去年の12月。引っ越してきた日にたどり着いたこのバス停に、あの日から何度も来た。東京行きのバスに、何度も乗り込もうとした。
だけど、一思いにそんなことができるような程馬鹿にもなれなかった。


「風邪引くぞ」


バス停のベンチに座っていたら、目の前に缶のおしるこが現れた。手元を確かめるように上を見ると、しかめっ面をした影山がホラ、とわたしの手におしるこを押し付ける。


「ねー、気が効くじゃん」
「うっせー、帰り際に見つけたんだよ」
「ふーん」


そのまま影山はわたしの隣に座る。していた手袋を外して、まだ温かい缶を両手で握ると
冷たい手先がじんと痛くなった。東北の冬はまだ慣れない。東京から持ってきた赤い手袋はもうボロボロなのに、わたしは懲りずに使い続けていた。


「何で影山はココアでわたしはおしるこなの」
「あーお前もココアのが良かった?」
「うん」
「んじゃ、交換」


なんの疑問も持たずに影山はわたしに飲みかけのココアを渡してきた。本当に何も考えてなさそうだから困るなあ。


「交換しなくていいよ」
「あ?何でだよ」
「いいってば、おしるこ好きだから」


そう言って勢い良くおしるこを飲み込むと思いの外熱くて、目の奥から熱いものが込み上げてきた。

どうして影山はここに来たのだろう。

このバス停にはあの日から何度も来た。あの街に帰りたかった。彼のいるあの街。でも帰れなかった。帰る場所ではないからだ。
彼に貰った赤い手袋だって、こんなにボロボロになっても捨てることもできない。1年経っても、未練がましくわたしはあの街にいる彼のことを想っていた。
去年と今年、偶然にも同じクラスの影山だけに、たった一度だけ話したことがある。話した経緯は忘れたけど、どうでもよさそうに聞いてたから内心ほっとしてた。もう、忘れてるかな。


「もうこんなとこ来んの、やめろよ」
「なんで」
「バスに乗る気もねー癖に」


そう言って影山はわたしの赤い手袋をポケットにしまう。覚えてたんだ。
制服の右ポケットに無造作に詰め込まれた手袋は、糸がほつれて今にもほどけそうだ。


「新しいの買えよ、それまでこれ貸してやるから」


影山から渡された手袋はまだ少し新しくて、少し汚れていた。

置いてきた思い出はいつだって綺麗なのを知っているからまた戻りたくなる。そんなことわかっていたのに、忘れられなかった。
わたしは影山の肩にもたれ掛かって少しだけ泣いた。本当はもっと前からこの人のことが好きなのに、拭えなかった過去の人をいまだに見つめていた。もう忘れられてる過去の自分を辿るより、いま目の前にいる好きな人のことだけを考えていたい。


「かげやまぁー‥」
「おー」
「‥おしるこありがと」


もうここに来るのは最後にしよう。新しい手袋を買ったら、影山に返すんだ。過去を振り返ってる間に、他の誰かにとられたくなんてないから。ここからすくい上げてくれた人を、今度はわたしが振り向かせたい。







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