アポなしで突然家に押しかけてきたかと思えば寒いから暖かい飲みものが欲しいだの小腹が空いただの空気が乾燥して喉が痛いだの。あれこれと小言を呟く彼にオマエは姑かと突っ込む気力すらおきないのは、投函日が差し迫っている年賀状の住所記入という地味に面倒な作業に追われているからだ。


「ねぇ、それまだ終わんないの?」
「んー…あと10枚くらい」
「及川さん暇なんだけど」
「よかったね。毎日毎日部活忙しいって言ってたもんね」


机の上に散らばった年賀状から視線を逸らさず皮肉たっぷりにそう言ってやると後ろで悲鳴が聞こえたけど聞こえないフリ。
何あの子、可愛くない!いや顔は可愛いけど!俺の彼女だし!キィー!だなんて奇声を発しながらあたしのお気に入りのクッションにパンチをぶち込んでいるようだったので、綿が飛び出ないといいけど、と一抹の不安を抱いた。

そんなに文句があるのなら何もわざわざこんな雪の中、アポなしで片道30分以上かかるあたしの家に来なくてもいいだろうに。岩ちゃんとかマッキーとかまっつんとか、多少扱いが雑かもしれないけど構ってくれる相手ならいくらでもいるだろう。
仮にも県ベスト4を誇る男子バレー部の主将、女子からの人気もそれなりに高い。そんな人間が女の部屋でクッションを抱いて子供みたいに駄々をこねてるなんてファンの子たちが見たら何て言うだろうか。


「あと2枚だからもうちょっとだけ、−−っ?!」



喚き暴れ駄々をこねる彼がそろそろ鬱陶しいと感じ始めていた矢先のこと。音もなく忍び寄ってきた彼にふいに後ろから腕を回され、トスをあげるための繊細な指先があたしの頬に触れた。
頬の熱を奪っていく、その冷え切った指先の温度に驚いて、声にならない声が喉元から漏れる。びっくりして身体が硬直してしまったのをいいことに、抵抗の意がないと判断したらしい彼は調子に乗って反対の手を胸元に突っ込んできた。


「ちょっ、」


いきなり何を盛ってるんだこの男は。冷たいしムードもないし年賀状書けないし。腹が立ったので思いっきり抓ってやったら痛い痛い痛い!!!と耳元で叫び声をあげるもんだからうるさくて仕方がなかった。


「彼氏に何すんの?!」
「いや、腹が立ったから」
「酷い!愛を深めるためのコミュニケーションじゃん!」
「知ってる?一方通行って言うんだよこういうの」


バレーに支障が出ない程度に抓ったつもりだったのに半泣きで訴えてくる彼に怒りを通り越して溜息を一つ。
何も無下にするつもりではなかった。作業が終わったらキッチンに降りて暖かいココアでも入れてきてあげようとか、わざわざ隣町まで出向いて購入した人気のミルクパンを出してあげようとか、誰もいないリビングに置いてある加湿器を持ってきてあげようとか、そんなしおらしいことを考えていたりするのだ。


「ねぇ、今俺のことウザいって思った?」
「はは、思わないよ今更」
「酷い!」


あと数分でそれを実行に移せたというのに、どうしてこの男は待てないのか。犬以下だな、なんて失礼極まりないことをぼんやり考えてみるが、彼も彼でこんな悪天候の中わざわざうちに足を運び、貴重なオフの時間を自分のために使ってくれているのだ。1秒でも早く構って欲しいという感情が頭のてっぺんから足の先まで溢れ出ているような彼のことは、やっぱりどうしても憎めない。


「ん、」


黙り込んでいると冷たい指先があたしの唇をなぞる。くすぐったさに目を細めて必死で声を堪えていると何を思ったのか口の中に指を突っ込んできた。
何てことだ。この男、口に手をつっこむ性癖でもあったのか。なんて困惑しながらも、トイレのあとちゃんと手洗ってきたのかな、とか衛生面について疑ってしまうあたしはなかなかのリアリストだと思う。


「オマエの口の中、あったかいね」
「ちょっ、やめへ、」
「この八重歯で噛みつかれたらどうなるのかな」


舌を弄ぶように口内をぐちゃぐちゃにかき混ぜたかと思えば、彼の人差し指があたしの八重歯の先端を愛おしそうになぞった。


「…噛んで欲しいの?」


指腹をぺろりと一舐めして挑発すると、彼の目がゆっくりと細まるのが分かった。あぁ、この表情。勝った、って思ってる顔してる。いつも気づいたら彼のペースになっちゃうのはどうしてなんだろう。
自己中でワガママで子供みたいにすぐ拗ねるこの男、ムカつくけど、気に食わないけど、それでもやっぱり愛おしい。


「岩ちゃんに怒られるから、見えるところはやめてね?」


その気にさせといてよく言うよ。困ったように笑う彼に抱きついて、首筋に舌を這わせてマーキング。
そういうの振りっていうんですよ、及川さん。






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